『隻眼の邪法師』 第12章の8

<第12章:修羅の洞窟 その8>

 砕けた石畳から引き抜かれる巌の拳に剣も折れんばかりに斬りかかる戦士たち。だが人の胴より太い指の一本にさえ傷つけることがかなわぬまま、またも繰り出される剛打をからくもかわす。床から弾け飛ぶ大小の瓦礫をまたも浴び、その身はもはや傷だらけである。
「ここは狭すぎて思うようにかわせません。地上におびき出して回り込めば!」
「だめだ。さっきの二匹にまで攻められたらどうにもならん。とにかくここで突破するんだ!」

 言葉を交わす間にも、巌の巨人はゆっくりと破城槌さながらの両の腕を掲げつつ詰め寄ってくる。その巨体をにわかに光量を増した壁の宝玉の列が放つ光が赤々と染め上げ、水晶の単眼の光もまた狂おしいまでに乱舞する!


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「まったく、なんたる早まったことを……っ」
 呻きつつオルトを追うグロスとアルバ。途中に数回出くわした十字路を、荒野の泥の薄れゆく足跡は全て真中の道を突っ切っていた。

「院長どのはもしやこの洞窟に詳しいのか?」
「いや、例の魔道書には地図らしきものはなかった。だからこそ真ん中ばかり選んでおるのじゃろう。戻るときに迷わんですむように」
「そんなことで悪党を見つけられるのか?」
「……もしや相手が自分に襲いかかってくるよう、あえて一人で踏み込んだのかも」
「なんと! 誘い出したといわれるのか?」
「そんな気がしてならんのじゃ。この期におよんでなお、魔道の秘密に憑かれておるのではと。相手の口から聞き出そうなどと、無謀なことを考えてはいまいかと」
「これだけの数の水晶に魔力を付与しておる以上、この山の炎の精霊力さえ握っておろう。そんな術者に一人で挑めば万に一つも勝ち目はない。なにがなんでも追いつかねば!」

 これまでに倍する勢いで通路を駆けだしたラーダの使徒たち。だが強まるばかりの赤光の中、泥の尽きた足跡は消えた。そして焦る二人をあざ笑うかのように、辿り着いた通路の先は右と左に分かれていた。


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 出てこい! 早く私を倒しにこい! またも現れた角を今度も右に曲がりつつ、心の中で叫ぶオルト。壁に列をなす赤い宝玉に注意を払いつつ、魔法陣を見い出せば足を止め様子を窺うことを繰り返す。そんな自分に敵が気づいていることを、少壮の院長は確信していた。院長としての立場を利用しつぶさに調べた魔道書から、すでに宝玉や魔法陣の機能については知るところとなっていたから。そしてそれらの輝きが増していることを見れば、敵がそれらに注入する炎の精霊力を増強したのも疑う余地がなかったから。

 危険は覚悟の上だった。容易に倒せる相手だなどとはゆめゆめ思っていなかった。それでも挑まねばならなかった。醜い戦乱の中で翻弄され零落した王家の再興、そしてそれなくしては決してかなわぬ妹姫の隷従からの解放が、この戦いにこそかかっているのだから。父王が暗殺された国難に乗じ一度は自分たちを擁しておきながら、王位を簒奪するや妹を強引に己が息子に娶せたうえこの身を亡きものにせんとした宰相。その手を逃れついに大陸を横断し、最果ての修道院に身を潜め魔術の研究に勤しんだ自分。そんな忍従の日々もアルデガンの崩壊により無に帰したと思った矢先、突如として現れたこの世を根底から変えうるほどの膨大な魔道の術式。それはつぶさに調べ上げるのに五年に及ぶ歳月さえ要するほどのものだった。そして彼は知ったのだった。それらの中に探求途上の研究がいくつか含まれていることを。特に不死の生命への探求は、長き雌伏の歳月を強いられた彼の心を魅了してやまなかった。もしもそれが手に入れば、自分は、そして地獄のような生を強いられたはずの妹もまた、全てを取り戻せるに違いない。それがいまやこの一戦にかかっているのだ。命をかけるになんの不足があろうか!

 幻惑の妖鳥や巌の巨人には遅れを取ったが、人間が相手ならば負けはせぬ。どのみち一度は絶望に沈んだ身。最大にして最後であろうこの機会をものにできねば、生きながらえたところで意味はない。そんな思いに心はやらせ駆ける通路のその先で、突如として赤い光を吹き上げる魔法陣! 踏みとどまるや両の腕踊らせ空中に印を描きつつ、決死の形相でオルトは叫ぶ!
「きたか悪党! 我が大義の術を受けてみよ!」

 瞬間、赤光を割り出現した黒いローブの人影めがけ、突き出す両手の十本の指から巨大な光の螺旋が迸る!


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