『隻眼の邪法師』 第12章の13

<第12章:修羅の洞窟 その13>

「あやつは私が! 老師よ、オルト殿に蘇生の術を!」

 アルバの応えも待たず、オルトを足蹴にしていた幽鬼のような男に気弾を放つグロス。見えざる楯で防ぎつつ、よろめくように後退する相手の動きの鈍さを不審に思うよりもむしろ焦りつつ、倒れているオルトから引き離そうと矢継ぎ早に気弾を放ち相手を壁際へ下がらせてゆく。だがオルトのそばに辿り着き顔をひとめ見たとたん、あまりの酷さに白衣の神官は思わず言葉を失った。もはや誰とも判別がつかぬまでに崩れ果てた容貌、およそ人間のものではありえない青黒さに変じた肌の色。詠唱を忘れ棒立ちになったグロスの足元で、身をかがめたアルバが変わり果てたオルトの上体を後ろから抱えるようにして岩影へと引きずってゆく。だがその瞬間、憎々しげな声がグロスの耳朶を撃つ。振り返った緑の瞳が、手にした仮面を顔に当てる魔道師の姿を捉える。

「その詠唱の疾さ、やるではないか。そやつとは鍛え方が違うと見える。だが肝心の術が子供だましだ。わざわざ呪句を費やして威力を削いでどうする。手加減のつもりか? 見くびるな!」

 いい放つやわずか数語の呪句と共に両腕を鋭く突き出す黒の術師! 反射的に翻したその身を鎌鼬がかすめ、宙に舞った左袖が瞬時にちぎれ飛ぶ。焦って防御結界を張るグロスだが、見えざる気刃はその結界さえがりがりと削り取ってゆく。ついに耐えかね結界を解くや気弾を連射する白衣の神官を、だが敵の術は気弾を撃ち抜きつつ右に左に翻弄する。嵐のごとき猛襲にたちまち壁際まで押し込まれ、反撃すべく掲げた右手を鋭く弧を描き急襲する風の刃! 鋭い痛みと共に紅い飛沫を浴びた白い袖が宙を舞い、なにかが固い音をたてて石の床を弾け飛ぶ。はっと気づいて目で音を追うその先で、敵の足元へ転がる三日月形の黒い形見の石。手を宙に浮かせ立ちつくす敵の前に必死で跳び込み奪い返すや、緩慢にこちらを向く仮面の魔人へ死に物狂いでいい放つ!

「触るな人殺し! これは姉の形見だ!」


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「なぜ、ここだけ目印がないのでしょう?」

「忘れただけかも知れん。まあここまでと同じなら真ん中の道ということになるが……」

 十字路に油断なく視線を巡らせつつ声を潜めるアラードとボルドフの耳に、またもや右の通路の最奥から響く幻聴めいた赤子の泣き声! 師弟の戦士たちが思わず顔を見合わせる。

「まさか、師父たちもこの声を」

「行くぞ。だが油断するな!」

 意を決するや虚空に響く言葉なき哀訴の声を追い、右の通路へ走り込む戦士たち!


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