『隻眼の邪法師』 第11章の7

<第11章:暴かれし荒野 その7>

「この者がアーレスにやってきたのは、ちょうど先代が亡くなりわしが院長を継いだ年のことゆえよう覚えておる。部屋に入ってきたときの面構えからして侍祭どもなど比べものにならなんだ。自身の身の上についてはゆえあって話せぬとのことであったが、身につけた素養や立ち振る舞いから明らかにただの平民ではないのが見て取れた。かような人士が世のためになることをしたいと熱っぽく語る姿に、この辺境の地にこのような者がまだおったのかと嘆じたほどじゃった。資質としては学者寄りでラーダの教義を特段修めていたわけでもなかったが、隠遁の静けさに身を置き祈りを捧げるだけで満たされる者ばかりが増える僧院の行く末を憂えていたわしには、それさえも好ましく思えたのだ。使い手こそおらなんだが魔術師系の呪文書もひととおり揃っておったし、僧侶系呪文についてはわし自身が導師となればよい。そう思い、わしはオルトをアーレスに迎え入れたのだ」
 語るアルバの隣で眠る褐色の髪の院長を、アラードは複雑な思いで見つめた。封じられた魔物たちとの戦いの最前線だったアルデガンから遠く離れたアーレスにも、人材難の問題が現れていたということに意表を突かれる思いだったうえに、若き日のオルトがそんな熱意に満ちていたということも意外に感じられたから。決して悪人ではないにせよ、イルの村でのその言動などに赤毛の戦士はむしろシニカルな態度さえ感じていたくらいだったのだ。そんな思いを見て取ったかのように、アルバはアラードに頷くと話を続けた。

「最初のうちはその熱意が全てじゃった。ラーダの教えに帰依しておらぬゆえ僧侶系の術を行使することはかなわなんだが、この者は意に介さなんだ。その関心は個々の呪文ではなく体系に向けられており、相互の呪文の位置づけや関連を探ることでそれらの発展の過程を読み解き、それをもってさらなる発展を遂げさせるところにあったのだ。もともと魔法がより人間に開かれるべきと考えておったところへこのアーレスにも伝えられておったアルデガンの窮状、特に養成に年数がかかる術者の不足を知るに至り、より修得が容易で威力の高い呪文を生み出すことがこの者の目標となったのだ。その熱意に支えられ、オルトは多くの術を学んでいった。アーレスの歴史を紐解けど、かような者はそうおらなんだろう……」
 アラードにも確かにそれは、苦境にあったアルデガンへの支援になりえた行いだと思えた。その成果がなぜアルデガンに届かなかったか、道中でのオルトとアルバのやり取りやボルドフの話に出てきたゴルツの言葉を思えばなんだかわかるような気がした。そして老師の話の続きは、そんな若き戦士の予想を裏切るものではなかった。

「だがこの者にとって、そんな修業時代を終えたときこそが試練の始まりじゃった。長い研鑽の成果としてこの者が披露した呪文の数々を、院長としてのわしはラーダの教義に反するものとして拒むしかなかったのだから。脅威的に威力が高められたうえに、使い手の資格を問うことなく簡便に発動できるよう編み直された術式の数々。それを巡り繰り広げられたやり取りがいかなるものだったか、道中のことを思い返していただくだけで足りよう」
 二人の師は頷いていた。アラードの予想どおりの表情で。

「それでもこの者は諦めなんだ。とうとうわしの目を盗み、アルデガンへ直訴状を送るに至った。だが返書はその意に添わぬことおびただしく、あのときこの者は叫んだものじゃ。自分の成果は必ずや同胞の苦境を救い怪物どもを残らず駆逐するであろうに、なぜ愚かな教義に囚われ我が勲を認めようとせぬのかとな」

 するとグロスがはっとした面持ちで顔をあげた。
「そういえば。では、あれが……」
「なんだ。どうかしたか?」
 問いかけるボルドフに頷くと、白衣の神官は告げた。
「その返書を書いたのは私だ。ゴルツ閣下に命じられて。あれがオルト殿の手になるものだったとは……」

 小柄な呪文の師の顔に去来する諸々の表情の意味を掴み切れぬまま、アラードは居住まいを正し次の言葉を待った。ボルドフやアルバも注目する中、グロスは話のとば口に惑う風情で瞑目していたが、やがて記憶を探るようにしつつも話し始めた。


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