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『隻眼の邪法師』 アルデガン外伝7 巻の4

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かつてアールダが訪れた東の地を舞台とするアルデガンシリーズの最新作。巻の4は第12章。ラストに向けての最大の荒れ場です。
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記事一覧

『隻眼の邪法師』 第12章の1

<第12章:修羅の洞窟 その1>

 巨大な石の拳に握りつぶされた薄い胸の下で砕けた肋骨が臓腑をずたずたに寸断し、食い縛られた細い牙の隙間から鮮血が一筋顎を伝い白い喉元へと滴っていた。人の身ならばそれだけで絶命しかねない凄まじい苦痛に何度も意識を失ってはまた同じ苦痛のさなかに引き戻されるのを際限なく繰り返す中で、リアはとうに時間の感覚を失くしていた。
 そして不死の肉体のみならず、呪われたその身に

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『隻眼の邪法師』 第12章の2

<第12章:修羅の洞窟 その2>

「なにを、泣く……?」

 掠れた、疲弊しきった声がそう呻くのが聞こえ、リアは相手に目を向けた。石の拳に握られ涙を拭うこともできぬ魔性の少女の視野は滲み、仮面の男の姿は潤んでいた。断続的な発作にもはや折れたままの身を岩壁まで下がってかろうじて支えている隻眼の邪法師。その姿は二人の間に口を開けた魔法陣から明滅する赤い光に染まり、血まみれのように見えた。しばしば喀血

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『隻眼の邪法師』 第12章の3

<第12章:修羅の洞窟 その3>

 ここまでなのか。あれほどの思いで奴を倒したのに、結局俺は奴に蝕まれたまま死ぬしかないというのかぁっ!!!

 声として発せられたとしても微かな掠れ声でしかないはずのそれは、だが込められた無念の激しさゆえに打撃ともまがう衝撃をリアに与えた。とたんに強烈なイメージの濁流が現実と記憶の両面から襲いかかる苦悶に寸断されつつも、震撼する魔少女の意識の中へ一気に流れ込んで

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『隻眼の邪法師』 第12章の4

<第12章:修羅の洞窟 その4>

 長さの違う足を引きずりながらひたすら洞窟を下ってきた男がついに広けた空洞に出た。壁が失われたことで埋め込まれた赤い宝玉の列が放つ光も失せ、あたりは深い闇に閉ざされた。一瞬、リアはとまどったが、すぐ違和感の正体に思い至った。この目が闇を見通すようになってもう六年余、いつしか自分はそのことに慣れてしまっていたと。そして悟った。見ているのが男の記憶であるがゆえ、自分

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『隻眼の邪法師』 第12章の5

<第12章:修羅の洞窟 その5>

「ぎぁあぁああぁーーーーっ!!」

 陽光をまともに浴びるがごとき苦痛に巨大な拳の中でのけぞり痙攣するリアの脳裏でイメージがひび割れ、唱え返した呪文を受け地面をのたうつ老魔導師が断崖から転落する姿が砕け散る! がくりと落ちたその顔にはずみでほどけた乱れ髪がふりかかる。呪文に抵抗してなお彼を襲ったその苦悶の凄まじさは、疲弊したリアの精神にとってあまりにも巨大な剛打

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『隻眼の邪法師』 第12章の6

<第12章:修羅の洞窟 その6>

 真紅の光に呑まれた瞬間、それが銀色に転じた。リアの体は月光に満ちた大空高く浮かんでいた。魔法陣の力で吹き飛ばされたと悟ったとたん、浮力を失った体が落下を始めた。

 見る間に加速度がつき、遠すぎて定かでなかった眼下の景色が急速に拡大を始めた。それでも地表の様子はまだ窺えない。それほど高く吹き飛ばされたのだ! 暴風のごとき風を巻き墜落するリアを恐怖が鷲掴みする。

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『隻眼の邪法師』 第12章の7

<第12章:修羅の洞窟 その7>

 通路を曲がったアラードたちの眼前に、それは立ちはだかっていた。切り出したままの岩でできた巨大な胴と床まで届く剛腕。洞窟の天井に迫る高みから彼らを睥睨する小さな頭部。壁面で列をなす水晶玉が投げかける淡い光に染められた薄赤い闇を背に、巨体に不釣り合いなその顔面にはめ込まれた水晶玉が、同じ色の光をぼうっと灯していた。

「こいつが番人か!」

 敵愾心もむき出しに無

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『隻眼の邪法師』 第12章の8

<第12章:修羅の洞窟 その8>

 砕けた石畳から引き抜かれる巌の拳に剣も折れんばかりに斬りかかる戦士たち。だが人の胴より太い指の一本にさえ傷つけることがかなわぬまま、またも繰り出される剛打をからくもかわす。床から弾け飛ぶ大小の瓦礫をまたも浴び、その身はもはや傷だらけである。
「ここは狭すぎて思うようにかわせません。地上におびき出して回り込めば!」
「だめだ。さっきの二匹にまで攻められたらどうに

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『隻眼の邪法師』 第12章の9

<第12章:修羅の洞窟 その9>

「捕縛の術だと? なめるな!」
 瞬時に相手の術を打ち消しつつ、矢継ぎばやに炎を放つ仮面の邪法師。からくも障壁の術を唱えはしたものの、茶色の髪の男は顔を引きつらせつつ後じさるのがやっとだ。そんな相手を憤怒の鬼神と化したローブの男は右に左に火線を繰り出し追いつめる。かつて邪悪なイルジーが無力だった自分を翻弄したように。
「さあ吐け! きさまどこで俺と同じ術を……っ

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『隻眼の邪法師』 第12章の10

<第12章:修羅の洞窟 その10>

 岩の剛腕が横殴りに急襲するのを床に転がり避ける戦士たち。勢い余った巨大な拳が壁を宝玉の列ごと大音響を立ててごっそり削り、にわかに周囲が暗くなる。同時に天井すれすれの高さからねめおろす水晶の目の輝きが薄れ、巨体の動きがわずかに鈍る。瞬間、閃くままに赤毛の剣士が立ち上がりざまに剣を投げ、金属の打ち合う音と固い物が砕ける音が洞窟に鋭く反響する!

「同じ判断か。だ

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『隻眼の邪法師』 第12章の11

<第12章:修羅の洞窟 その11>

「これでは無理じゃ。危険すぎる。引き返すぞグロスどの」

 狭い通路で思わず立ち尽くしたグロスだったが、背後から囁くアルバの言葉は一応意識されてこそいたものの、奇妙なほど心に響いてこなかった。ともすれば夢の中での声のごとく素通りしてゆく心地さえしていた。そんな様子を感じ取ったのか、老いたる修道士は焦りもあらわに急かしてきた。

「時間がないというたじゃろう! 

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『隻眼の邪法師』 第12章の12

<第12章:修羅の洞窟 その12>

 確かにそれは訴えだった。言葉の態こそ成さずとも、心の声音というべきものが相手の、大空高く放逐したはずのあの魔少女の思いを痛いほど伝えてきたから。彼は悟った。あまりにも長い間対峙してきたがため、かの魔性のものとの感応がいまだ解けずにいることを。そして思った。きっと相手はこちらが感じ取れないものを、秘した思いや意図さえ感受しているのだと。あの一瞬の動揺が、歪めら

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『隻眼の邪法師』 第12章の13

<第12章:修羅の洞窟 その13>

「あやつは私が! 老師よ、オルト殿に蘇生の術を!」

 アルバの応えも待たず、オルトを足蹴にしていた幽鬼のような男に気弾を放つグロス。見えざる楯で防ぎつつ、よろめくように後退する相手の動きの鈍さを不審に思うよりもむしろ焦りつつ、倒れているオルトから引き離そうと矢継ぎ早に気弾を放ち相手を壁際へ下がらせてゆく。だがオルトのそばに辿り着き顔をひとめ見たとたん、あまり

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『隻眼の邪法師』 第12章の14

<第12章:修羅の洞窟 その14>

「なん……だと……?」
 絞り出すような相手の声にも、けれどグロスは臆さなかった。見上げた敵の顔は仮面に隠れていたが、その面には額から鼻まで縦にひび割れが走っていた。それは彼がリアに真の名を呼ばれた衝撃に取り落としたときの傷だったが、そんなことを知るべくもない白衣の神官はオルトとの戦いによるものだと、仲間が勇敢に戦った証だと思った。そんな彼の変わり果てた姿が瞼

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