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『隻眼の邪法師』 アルデガン外伝7 巻の5

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かつてアールダが訪れた東の地での事件の後、皆がこの地を去ってゆきます。13章はリアの、14章はアラードたちの旅立ちです。
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記事一覧

『隻眼の邪法師』 第13章の1

<第13章:幽けき星夜 その1>

 その夜、リアはガルムと共に変わり果てた火の山の麓を訪れていた。溶岩がなにもかも呑み尽くしたはずのこの場所に、日没とともに何かの気配が蠢くのを感じたから。そして悟った。邪悪なイルジーが、そして彼が人々を亡者となすばかりだった忌むべき研究の端緒となったものが、黒髪の少女を吸い尽くした吸血鬼が復活を遂げようとしていることを。その姿を見ずに終わった彼の記憶からはその正

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『隻眼の邪法師』 第13章の2

<第13章:幽けき星夜 その2>

 人の目には仄かな定かならぬものでしかない星々の淡い銀光に包まれて、黒い溶岩に覆われた大地に佇む至高の乙女。湖面にも似た深みある静けさを湛えたそのまなざしを、リアは直視できなかった。自分の意識を通じて全てを見ていたはずの相手と向き合うことは、リアにとって不首尾に終わった一連の出来事と改めて向き合うことにほかならなかったから。けれど目をそらしても、行き場をなくした

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『隻眼の邪法師』 第13章の3

<第13章:幽けき星夜 その3>

 やっと赤みをなくしたざらつく黒い溶岩の上で、仰向けのまま短い手足を弱々しく足掻かせる赤子。それだけで肌がずたずたになるのではと思うほど小さくひ弱な存在。だが、リアの耳は聞き取った。その泣き声に聞く者の心を乱す魔力が宿っているのを。それが吸血鬼の身に堕ちた者の宿命たるあの呪わしき渇きゆえのものでもあるのを。聞いているだけで自分まで渇きにかられそうになり、リアは思

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『隻眼の邪法師』 第13章の4

<第13章:幽けき星夜 その4>

 リアが意識を取り戻したとき、幽けき星の光は白み始めた空に溶けてゆくところだった。思わず身を起こしたリアの横で、また赤子が泣き声をあげた。夜が明けつつあるのを感じているのか、その声には怯えが滲んでいた。リアは思い出した。渇きと苦痛に塗りつぶされた意識の奥底で、記憶とさえ呼べぬほど定かならぬ光と温もりにしがみついていた赤子の魂を。一瞬の逡巡を経て、リアは赤子をそっ

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『隻眼の邪法師』 第13章の5

<第13章:幽けき星夜 その5>

「寒い……、寒い……」
 見上げる目に抑えがたい畏怖の色を滲ませつつも、か細い声でそう訴えずにいられぬ黒髪の民の一員だった少女。その前に立ちしばし無言で見下ろしていた白髪の乙女だったが、やがて黒衣の両袖を爪で断つと、原型を留めていないぼろの代わりに両肩から羽織らせてやる。たちまち二枚の布が細い体に巻きつく間にも、元に戻っている長い袖。とまどいつつも小さな声であり

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『隻眼の邪法師』 第14章の1

<第14章:僧院にて その1>

 いつもは静かな僧院アーレスの白い壁の前に、その朝ばかりはただならぬ数の人々が集まっていた。

 老いも若きも一様に黒い髪と瞳をした人々。多くの馬車に食料と最低限の荷物を積み込み集まっているのはイルの村の住人たちだった。誰もが一様に不安と意気消沈の混ざり合った、なんともいえぬ心細げな表情を浮かべていた。あたかも生まれ育った垣根から売られるため外に出された家畜のよう

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『隻眼の邪法師』 第14章の2

<第14章:僧院にて その2>

 白い壁に囲まれた僧院アーレスは、アラードにとってそれまで想像もしえなかった平穏に満ちた場所だった。別世界といっても過言ではなかった。

 日の出とともに起床して朝の礼拝にはじまる日課に勤しみ、夕べの祈りの後はそれぞれに教義や本草学などの研究にふける侍祭たち。その静謐な日々はアルデガンにおいては魔物たちと、その崩壊の後にはそれに加えて戦火の元にある人々との対峙を強

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『隻眼の邪法師』 第14章の3

<第14章:僧院にて その3>

「アラードよ、よくぞこの短い期間に術の発動までこぎつけた。わしが教えられるのはここまでじゃ。安定して発動できるようになるにはさらなる研鑽が欠かせぬが、それはもはや教え導かれるべき事柄ではない。だが……」
 そう語りかける老師アルバのまなざしには、不思議な色が見え隠れしていた。なにか絶ち難い思いがその奥に底流しているのを感じざるをえなかった。そんなアラードの思いを知

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『隻眼の邪法師』 第14章の4

<第14章:僧院にて その4>

 十日と定められた休息の日々は瞬く間に過ぎ、旅立ちを明朝に控えた夜、三人は再びアルバの部屋へ呼ばれた。アラードの助けを借りて病床から出た僧院長は、戸棚の鍵を開け羊皮紙を綴じた書物を机に置いた。
「これが件の魔道書じゃ。ほとんどのページにオルトの書き込みが残っておる。オルトはラーダ教団に伝わる魔術系呪文の原型となる呪文をいくつもこの書の中に見出し、自身の故郷たる西方

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