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幼なじみが結婚する(番外編)


「やばい、全然書き終わらない」

まっさらな便箋を広げながら呟く。椿の結婚式まであとわずか。私は友人代表スピーチの原稿を仕上げられないでいた。

彼女からの頼みを受けたのは、挙式の3ヶ月ほど前。椿の旦那さんと私の夫を交えた4人で、初めて飲みに行った夜のことだった。正直、元々2人で会う約束をしていた予定が変わったあたりから、何となくスピーチを任されるかもしれないと思っていたのは、ここだけの話。

一番アイデアが湧きやすい入浴時間。湯船に浸かりながら携帯を握りしめ、LINEのKeepメモに文字を綴っていく。冒頭に謝辞を述べ、出会った頃の思い出を並べ、お祝いの言葉で締める。一度目に書いた内容を読み返し、これで問題ないだろうといった完成度まで仕上げたところで、風呂場の扉を開けた。

「なんだろう、悪くないけど情熱が足りない」

出来上がった原稿を読んだ夫が呟く。その言葉を聞いて、絶句した。いつも私の言動に対して「いいんじゃない?」「よくできてるよ〜」と肯定的なことしか言わない人だったのに、まさかそんな感想を抱くなんて。

確かに、私はまだ椿に対して言えていないことが一つだけあった。不器用ながらも会わなかった空白の数年間を振り返り、あの日できなかった喧嘩を終わらせた今、伝えるべきタイミングは彼女の結婚式なのかもしれないーー。

ーー引き出しから便箋をもう1枚取り出し、すでに書き記した原稿の間に入れ込む。前後の文の繋がりなんて気にしない。ただ素直な気持ちを吐き出すように、静かにペンを走らせた。


結婚式当日。原稿をポーチに入れ、会場に向かう。緊張して何も言えないかもしれないと思い、内容は何度も読んで頭の中に入れ込んだ。暗記なんて絶対にできない。

式を終え、披露宴会場で旧友たちと思い出話に花を咲かせていると、司会のスタッフに呼び止められた。どうやらスピーチは披露宴が始まって新郎新婦が入場した後、すぐに行うプログラムらしい。そんな話は初耳だ、なんで事前に教えてくれなかったんだ。もしかしてサプライズ?と気が動転して変な想像までする始末。

しかも、私が書いたスピーチは決して披露宴の序盤に聞くような内容ではなく、もっと食事が運ばれて酒も進んでザワザワしている環境で耳に入れてもらえればと思っていたため、余計に動揺した。出番が早いのならば、もっとバラエティに富んだ面白話を拵えてきたのに。

あれこれ思いを巡らせていたが、今日はめでたい日でここは祝いの席。式次第に従うのが礼儀である。新郎側のスピーチが終わり、名前を呼ばれて前に出た。会場を見渡し、鼓動が早くなる。震える手を必死に隠しながら、自分なりの情熱を加えた書き損じだらけの原稿を取り出し、大きく息を吸ったーー。

(以下、スピーチ全文を記載)

ーーただいまご紹介にあずかりました、新婦友人の麦と申します。新郎さん、椿さん、並びにご両家の皆様、本日は誠にご結婚おめでとうございます。このような素晴らしい席にお招きいただき、心より感謝申し上げます。僭越ではございますが、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

椿さんとは、小学3年生のときに初めて出会いました。私が転入した日、彼女が学校案内をしてくれたのが、会話のきっかけです。「優しくて親切な子だな。もっと仲良くなりたい」と思ったことを、よく覚えています。

それから中学校を卒業するまで、椿さんと私はいつも一緒で、誰よりも長い時間を共に過ごしてきました。

学校では新聞係になって、ネタ集めのために校内を走り回り、放課後は駄菓子屋でお菓子を買い、近所の公園に出かけました。裏山に秘密基地を作り、漫画やおもちゃを持ち込んだこともありました。思い返すと、とても行動的で、野性味溢れる子供時代を過ごしていたように感じます。

数ある思い出の中でも、一番忘れられないのが、何度も交わした交換日記です。日々感じたことや起きた出来事を綴った日記は、数年間途切れることなく7、8冊、それ以上送り合ったかもしれません。

ただ、これほど一緒にいて、とても仲の良かった椿さんのことを私はどうしても、「親友」と呼ぶことができませんでした。二人の関係に名前をつけることへの恥ずかしさや、何となく口には出していけないような躊躇いがあったからです。

当時から椿さんのことは心から尊敬していたと同時に、強く憧れていた気持ちもありました。彼女が先にできたときは悔しかったし、私が上回っていたことには追い抜かれないように必死でした。良い意味でライバルのような意識も、少なからずあったんだと思います。

だから椿さんが北海道に行くと聞いたとき、内心ものすごく焦りました。どんどん前に進んでいく彼女と、また距離ができてしまうと感じました。でも、不器用な私は「寂しい」とも「行かないで」とも言えませんでした。どうしても、自分の気持ちを正直に伝えることができなかったんです。

でも、旅立つ前の彼女に会って薬指の結婚指輪を見たとき、ものすごくホッとしました。今まで抱えていた曇った感情がスーッと消え、「おめでとう」という言葉が自然と出てきたんです。椿さんの笑顔を見て、友達が、親友が幸せになるのは、こんなにも嬉しいことなのかと、胸が熱くなりました。

先日、椿さんに新郎さんを紹介していただいたのですが、あまりにもお似合いで、おふたりとの時間を過ごしながら、とても幸せな気持ちになりました。椿さんが新郎さんと話す姿を見て、彼のことを心から信頼しているんだなと感じました。おふたりならこれから先、明るく穏やかな家庭を築いていけると、心から思いました。

最後に、椿さんはとても真面目で、優しくて、少し引っ込み思案で、でも芯のある強い人です。これから先もどうか椿さんらしく真っ直ぐ前を向いてほしい、そして新郎さんと素敵な未来を作ってほしいと、そう強く願っています。

おふたりの末永い幸せを心より願い、私のスピーチとさせていただきます。本日は本当におめでとうございますーー。


読み切ってホッと胸を撫で下ろす。マイクスタンドから一歩下がり頭を下げた。疲れ切った脳内に拍手の音が鳴り響く。ここに立って改めて、私たちの関係について考えさせられた気がした。

後にも先にも、こんなスピーチができる相手は、きっと彼女以外いないだろう。

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