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3分クッキングに命を救われた

3分クッキングに命を救われた

家の中を整理しようと、クローゼットを開けた。規則正しく積み重ねられたバンカーズボックスには、小説や参考書など大量の本が眠っている。一番奥に保管している重めの箱を取り出した。

そこには、暗闇から私を救い出してくれた月刊誌『3分クッキング』が綺麗に並んでいる。

心が折れた日忘れもしない、2019年4月1日。私は働いていた会社から裏切られた。詳細は割愛するが、簡単にまとめると「同僚から不当な告発をさ

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幼なじみが結婚する(番外編)

幼なじみが結婚する(番外編)

「やばい、全然書き終わらない」

まっさらな便箋を広げながら呟く。椿の結婚式まであとわずか。私は友人代表スピーチの原稿を仕上げられないでいた。

彼女からの頼みを受けたのは、挙式の3ヶ月ほど前。椿の旦那さんと私の夫を交えた4人で、初めて飲みに行った夜のことだった。正直、元々2人で会う約束をしていた予定が変わったあたりから、何となくスピーチを任されるかもしれないと思っていたのは、ここだけの話。

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好奇心の芽を育てていく

好奇心の芽を育てていく

小学生の頃にした、ある友人との会話をたまに思い出す。

「昨日お姉ちゃんと喧嘩してさ、めっちゃ泣いたんだよね。でも途中から《涙ってどこから出てるんだろう?》と疑問に思って、鏡で自分の下瞼を引っ張ってみたら、点みたいのが見えて。こうやって涙が出てくるんだ〜って思ったんだ」

身近に感じたたった1つの疑問。そこから友人は、小さな自由研究を繰り広げていたのだ。

彼女はやがて新聞を毎日読む習慣をつけ、知

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おじいちゃんに会いに行く

おじいちゃんに会いに行く

先日、大好きなおじいちゃんが亡くなった。

年末に体調を崩してから入院し、わずか1ヶ月半の出来事だった。当たり前のように元気になって、家に帰るだろうと思い込んでいた。夏に行う予定のわたしの結婚式にも来てくれると、心から信じていた。

幼い頃の記憶わたしは小学3年生のとき、おじいちゃんの家の隣に引っ越してきた。おじいちゃんは近所の商店街ではそこそこ有名な薬局を営んでいて、わたしはよく店に遊びに行って

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大学時代の旧友から連絡が来た

大学時代の旧友から連絡が来た

先日、大学時代の旧友から連絡が来た。名前は梨花。偶然にもついこの間、彼女のことを考えていたので、LINEのトーク画面に名前が現れた時は非常に驚いた。

梨花と私は、進学を機に一人暮らしを始めたもの同士。互いの家から徒歩5分の距離に住んでいて、同じサークルに入っていたこともあり、すぐに仲良くなった。

梨花はどちらかというとクールな性格で口数も多い方ではなく、自分から誘うようなことはしないタイプ。私

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動画制作に憧れる

動画制作に憧れる

元々、私はカメラが趣味だった。大学時代にデジタル一眼レフを購入し、独学で使い方を学んだ。社会人になってからは有志のカメラサークルに所属し、フォトグラファーやクリエイターなど、写真を仕事にしている人たちから教わる機会が増えた。彼らの魅力的な作品に影響され、もっと高度な撮影技術を身に付けたいと思い、日々奮闘していた。

写真には色々なジャンルがあるが、私が得意としているのは、風景写真だ。しかしこのご時

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思い出の曲を紹介してみた(新生活を始めるとき編)

思い出の曲を紹介してみた(新生活を始めるとき編)

幼い頃から、親の転勤で地方を転々としていた。そのせいなのか、引越しに対してさほど抵抗がない。加えて、環境を変えたいときは住処を移すのが手っ取り早いと考えていることから、実家を出た今も、転居を繰り返している。

新しい土地へ足を運びときは、必ずその時々の気持ちに合った曲を日記に記すようにしている。ふと昔を振り返りたくなったときに、出来事までは覚えていなくても、曲を聴くだけで当時の感情を呼び起こすこと

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数字へのこだわりが強い

数字へのこだわりが強い

私は人より少しばかり、数字へのこだわりが強いと思う。

例えば、順番。昔から平均より低めの身長だったため、背の順はいつも「1番」前だった。当時は腰に手を当てるポーズがすごく嫌だったことを覚えている。

しかし、途中から「1番」が好きになった。最初に選択する機会を得ることができる。「1番」より前は誰もいない。そして何より、単純でわかりやすい。「1」という上から下に真っ直ぐに線を下ろした形から、ブレな

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幼なじみが結婚する(3)

幼なじみが結婚する(3)

「実はさ、報告しなきゃいけないことがあるんだよね。私ーー」

「ーーもしかして、入籍!?」

椿が言い終わるより先に、わたしは食い気味に反応してから後悔した。今は話を聞くべきタイミングなのに、また自分勝手に突っ込んでしまった。最近、周りから結婚報告を耳にすることが多くなっていたし、彼女には同棲している彼氏がいたので、そろそろプロポーズされるのではないかという気持ちから早まってしまったのだ。

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幼なじみが結婚する(2)

幼なじみが結婚する(2)

空白の5年間20歳の冬。大学生活にも慣れ、それなりに充実した毎日を過ごしていた頃、実家から成人式の案内が届いた。中学の同窓会も行われると知り、ふと椿の顔が頭をよぎった。彼女とまともに会わなくなってから、5年の月日が流れていた。

ーー今、何をしているのだろう。確かめたい気持ちが募る。元々行く気はなかったが、どうしようかと悩み始めた。でも、直接話せなくていいから、元気な姿が見れればいい。そう心の中で

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幼なじみが結婚する(1)

幼なじみが結婚する(1)

26歳の冬。幼なじみに会った。彼女の名前は椿。よく晴れた日曜日の午後、駅前の待ち合わせ場所に、彼女は浮かない表情でやってきた。いつもなら「よっ!」とか「お待たせ!」などといった軽快な挨拶をしてくるはずなのに。一体何かあったのだろうか。

疑問に思いながらもなんとなく聞けない空気のまま、目的の店に辿り着く。上着を脱ぎ、店員に注文を終えたところで、椿は少し俯きながら、遠慮がちに口を開いた。

「実はさ

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