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「虎に翼」第7週と女性の社会進出について考えたこと

外で仕事や勉強ができない。カフェでパソコンを広げて何かしている人を見ては「かっこいいなあ」と思う。まねしてみたけどダメだ。隣の人の話が気になってしまって仕事にならない。聞くともなしに耳が話に吸い寄せられてしまう。

コメダでちょっと書き物をしようとやってきた。隣の席にいる人は2人組の女性。星座の話からなぜか友人の家庭の噂話になっている。「トモちゃん」は蟹座らしい。

「トモちゃん」は大恋愛中の彼氏とうまくいっていて、相手の方の家で同棲中らしい。お隣さんは「トモちゃん」が相手にゾッコンでまったく「盲目」になっているのが心配で仕方ないらしい。

「昭和な男やからさぁ」

相手の男性の女性の役割に対するものの考え方、接し方が「昭和」の価値観……。

「女性は家庭的()であるべき。結婚したら夫である自分と家族の世話に励み、夫の親を自分の親として尽くすべき」

昭和や……。トモちゃんのお友だちであるお隣さんは「そういう価値観の人と結婚するのはいかがなものか」と忠告したが、恋愛中のトモちゃんは聞く耳を持たないらしい。

今、オンエア中のNHK朝ドラ「虎に翼」でも、似たようなセリフが飛び出した。

「明治かよ」

舞台は昭和10年代。日本初の女性弁護士となった三淵嘉子さんがモデルだ。女性は女学校を卒業したら結婚し、家庭に入るもの、それが「女の幸せ」という価値観が普通だった時代。ヒロインにはお付き合いしていた男性がいたが、彼は別の女性と婚約してしまう。

ヒロインの友人たちが男性を呼び出し問い詰めるシーンがあった。その時に男性は女性弁護士となったヒロインに結婚を申し込まなかった理由を語る。彼にとって必要なのは昔ながらの価値観を受けいれ、家庭に入ってくれる女性なのだと。弁護士として働く彼女に結婚してくれと言うのは、彼女のキャリアを奪うことになると。

一方婚約した女性は「結婚したら家庭に入ってくれる。僕の赴任先に付いてきてくれ、いずれは僕の父の面倒も見てくれると言っている」。

その話を聞いたヒロインの友人たちは男性をなじる。

「それは、婚約者に対しても、虎ちゃんに対しても失礼だと思わんのか」

仕事に打ち込むために「家政婦」としての女性が欲しい。その上で結婚していることに伴う社会的地位も手に入れたい。

女性の「本分」は家事と育児である。仕事を「してもいいが」それは家事育児を果たしたその余力でやるべきもの。

明治どころかいまでもこの価値観は根本的に変わらない気がする。女性の社会進出が謳われ、専業主婦はタダ飯食いのように言われ、働け、働け、とハッパをかけられる。でも、根本的な価値観は変わっていない。夫と同じように8時間働いて帰ってきても、そこからまだ家事と育児の荷が課せられる。

男性の育休取得率がやや上がったとは言っても、まだまだ低いまま。わたしの職場でもそうだ。子供が熱を出して休むという女性職員からの電話がある度に「またかよ」と舌打ちをする男性上司。子供の面倒を見なければならないから休みたいという男性職員に「奥さんは?(奥さんは子供の面倒を見れないの?の意味。奥さんも働いてるのに)」という男性職員。

その度にココロの中で「昭和かよ」と毒づくワタシ。昭和の初期からなんも変わってないやん。

朝ドラの舞台となっている昭和10年代から80年。こんなに変わらないものなのか、とこの場面を見ていて思った、という話。

それでも少しずつ変わってきてはいるのだろう。いつか日本も本当の意味で女性が何もかも背負わなくてはならない時代が終わってくれることを願いながら席を立った。

お隣さんの話題は「トモちゃん」の話から「付き合う友達から受ける影響は大きい」という話題に移っていた。

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