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33 なんちゃって図像学 夕顔の巻(7)㉑ 東山にて最後の対面


・ 惟光が二条院に参上

日が暮れてから惟光が参上しました。
穢れの障りによって謹慎中であると周知させているので、見舞いの人も皆立ったままの短い話で帰って行きますから、思いの外閑散としている中、源氏は惟光を側近くに呼びます。

「どうだった」「助からなかったのか」と言いながら顔を袖で覆って泣き出します。

いかにぞ 今はと見果てつやと のたまふままに 袖を御顔に 押しあてて 泣きたまふ

惟光も泣きながら、「もはやお隠れになりました」「長くこのままでは差し障りもございますので、明日は日もよろしうございますので、かねて存じおります高徳の老師荼毘のことなど相談いたしております」

一緒に連れて行った女房はどうしているか尋ねると、
「あの女ももう生きていられないという様子でございます」「自分も死にたいと取り乱して、今朝は谷に飛び込みそうに見えました」
五条の家に知らせなければと申しますので、少し落ち着きなさい、いろいろ考えなければならないこともある、と宥めておきました」

惟光の報告を聞いているうちに源氏はまたひどく悲しくなってきて、「私も気分がひどく悪い」「このまま儚くなってしまうのか」と言います。

我も いと心地悩ましく いかなるべきにかとなむ おぼゆると のたまふ

「この上何をお悩みになるのです」「こうなる運命だったのでございましょう」「誰にも知られてはならぬことでございますから、惟光が万事遺漏なく秘密に手配いたします」

「その通りだ」「そのように考えはするのだが、浮ついた気紛れな戯れ心から人を死なせてしまう罪を負ってしまったのが辛い」
「お前の身内にも知らせるなよ」「少将命婦などは元より乳母尼君にはましてもだ。この上小言を言われるのは恥ずかしくてかなわない」と口止めをします。

惟光は「僧達には話を変えて説明してございます」とまで行き届いた処置の説明をし、源氏は惟光への信頼を新たにします。

二人の嘆きや密談の声が僅かに洩れ聞こえるのを、女房たちは「変ねえ、どうしたことかしら」「行触れだとおっしゃって参内もなさらないのに」「何をひそひそと嘆いていらっしゃるのかしら」と何か腑に落ちません。

ほの聞く女房など あやしく 何ごとならむ 穢らひのよしのたまひて 内裏にも参りたまはず
また かくささめき嘆きたまふと ほのぼのあやしがる


・ 最後の対面をする密談

源氏は、「葬儀はくれぐれも遺漏なくしてやってくれ」と荼毘まわりのあれこれの作法を指示しますが、惟光は「大袈裟にいたしてはならないかと存じます」と言い置いて、行こうとします。

さらに事なくしなせと そのほどの作法のたまへど
何か ことことしくすべきにもはべらずとて 立つが

源氏は惟光の後姿を見た途端に、これがあの女との最後の別れなのだという気がして悲しみが募って、
「不都合だとは思うが、もう一度対面をしないで別れては心が残ってしまいそうだから、私も行くよ」「馬で行くよ」
と言うので、とんでもないことだとは思うのですが、忠義な惟光とて、
「そこまでお考えならば致し方ございません」「今のうちにお出かけになって夜のあまり更けぬうちにお帰りなさいませ」と言います。
夕顔への微行の為に作らせていた目立たない狩衣に着替えて出掛けます。

・ 出発

気分はますますすぐれず堪え難いような具合だし、見知らぬ場所に密かに出掛けることの危険も骨身にこたえているところで、躊躇もされるのですが、それでもなお悲しみのやる方なく、
「これが、本当にあの女との最後の別れなのだから」と出かけずにはいられないのでした。

時系列

行く道が果てしなく遠く感じられます。
十七日の立待の月が出ています。
お忍びなので前駆の松明の火勢も弱く、鴨川まで来ると人家もなく、鳥辺野の方などはまして気味悪い夜の景色です。

鳥辺野への道 行程
このごろの 御やつれにまうけたまへる 狩の御装束着替へなどして 出でたまふ  ~
なほ 悲しさの やる方なく ただ今の骸を見では
またいつの世にか ありし容貌をも見むと 思し念じて 例の大夫 随身を具して出でたまふ

7 東山にて最後の対面

心が麻痺してしまっているのか愛に逸るのか、源氏は恐ろしさなどは何も感じず、ただ心乱れるばかりのうちに鳥辺野辺りの尼の家に着きました。
人気なく荒れ果てた恐ろしいような場所に、板屋の隣に御堂を建てて勤行している様子です。
尼の住居は大変寂しげです。
仏前の御燈明の光が隙間から仄見えています。

辺りさへ すごきに 板屋のかたはらに 堂建てて 行へる 尼の住まひ
いとあはれなり 御燈明の影 ほのかに 透きて見ゆ

住まいの方からは女一人が泣く声だけが聞こえて、外の方法師2,3人が何か話したり、小さく念仏も唱えています。

清水寺の方には光が多く見えて参詣の人の気配もまだ絶えないのですが、ここの近くの寺々の初夜の勤行は終わったらしく、とても静かです。
ここの尼君の子の高僧が経を読む声が尊くて、源氏は体中の涙が出てしまうように泣きました。

家に入ると、右近は屏風を隔ててこちら側に臥していて、火取り香炉をあちら側に置いて、死者のいる部屋のこしらえになっています。

≪立派な源氏物語図 東山にて最後の対面≫

🌷🌷🌷『東山にて最後の対面』の場の 目印 の 札 を並べてみた ▼

捨て置かれてどんなに侘しい思いでいたろうと、たまらない気持ちで近くに寄ると、その人は可愛らしく、まだ少しも変わった様子がありません。
手を取って、「もう一度声だけでも聞かせてよ」「どんな因縁なのか、短い間だったが、心の限りに愛しく思えたのに、私を捨ててこんなに惑わせるとはなんということか」と声も惜しまず際限なく泣き続けます。

惟光の行き届いた計らいで、僧たちは素性を知らないままなのですが、珍しいほどの男の哀惜に皆涙をこぼしました。

                        眞斗通つぐ美

📌 まとめ

・ 東山にて最後の対面
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711198567623500208?s=20

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