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フランスでジブリを演奏するオーケストラ


それは、大学で一人でお弁当を食べていた時のことだった。

クラスの子は優しすぎるほど優しいし、週末もお出かけに誘ってくれるけれど、お弁当友達を見つけるのって中々むつかしい。
学部の建物内では、同じアジア圏の留学生とすれ違うことも稀で、フランス2年目になると日本語を話さない環境にも、日本食も食べず日本文化から一人離された環境も当たり前になってくるけれど、その分、街中で日本語表記を見かけたり、かたことの日本語が聞こえてきたり、少しでも日本のものを見つけるとかなり敏感になってしまう。

お弁当友達がほしいな、なんて思いつつ、でも今日のこの焦げた茶色弁当は見せられないな、なんていうことを考えながらぼーっとご飯を口に運んでいると、どこからか、絶対にここで耳にすることなんてないはずのピアノの音楽が聞こえてきた。

「ターン タタターン タタタッタッタタタタタタ」


何だか聞き馴染みのある前奏。



ポーニョ、ポーニョ、ポニョさかなの子、あおい海から、やぁぁーってきたー♪

「えぇ?」

大学のカフェテリアの真ん中だ。振り返ると、フランスの女の子5人組が、ピアノを囲んで歌っていた。

「何で?」

パーックパクチュギュッ、パーックパクチュギュッ、あのこーが、だーいーすーきー、まぁかぁかぁーの♪

久しぶりに聞く歌。うれしくて、お弁当を片手に、一緒に思わず肩を揺らしてリズムに乗り始めてしまった。

ポーニョ、ポーニョ、ポニョさかなの子、あおい海から、やぁぁーってきたー♪
ポーニョ、ポーニョ、ポニョふくらんだ、まんまぁるおなかの、おんなのーこ♪

もう思わず歌い出しそうだった。

私が人生で始めて映画館で映画を見たのが、小学3年生の時の崖の上のポニョだ。最初はためらった。でもいてもたってもいられなくなり、思わずお弁当を置いて、私は吸い寄せられるようにピアノの方へ近づいていった。
私はすごく人見知りで、自分から人に話しかけることなんてめったにない。
でも、声をかけずにはいられなかった。


突然、入部。

なぜ、ジブリの音楽は、こんなにも美しく、儚く、力強く、日本の自然の中にいるのだと錯覚するほど、包み込まれるのだろう。ジブリのコスプレ、大きなスクリーン画面に映し出されたジブリ作品の映像に、静かに響く久石譲の音楽。ジブリ100%で演奏するこのオーケストラで、私はティンパニを演奏している。ここは、フランスである。

お弁当を食べていたらピアノの音楽が聞こえてきたあのお昼のこと。

引き寄せられるようにピアノに近づき、歌が終わったところで、「すみません、日本の歌が聞こえてきたから気になって」と思い切って話しかけた。練習に割り込むような形になってしまって、突然来た見ず知らずの私にどんな反応をされるだろうとどきどきしたけど、みんな喜んで温かく迎えてくれたのだ。

日本語学科の学生さんたちが勉強の一環で歌っているのだと思ったらそういう訳でもなく、大学内にオーケストラ部があり、この一年は全曲ジブリのコンサートでいろいろな所を回るということだった。
その合唱隊の子たちで次のコンサートに向けて練習しているところで、なぜかそのままみんなの練習に混じって一緒に歌うことになった。

発音を聞かれて教えたりしながら、気づくとのりのりで歌っていた。
日本を離れて、日本の文化を外から眺めれば眺めるほど、より日本文化が稀有で美しいものに見える。この瞬間もこうして、ジブリから生まれた曲が私たちをつなぎ、異国の土地で輪を作って歌っている。
ピアノを弾いていたオーケストラのシェフが、明日練習があるから観に来ないかと提案してくれた。楽器がパーカッションだということを伝えると、ちょうどパーカッション奏者を探していた!とすごく喜んでくれて(いやどこも、パーカッションはいつも人手不足な気がする)、その場で入部が決まった。

これが、このオーケストラとの出会いだった。



チューバにちょこんと乗っているのは…



フランスの生活に浸透するジブリ、日本のアニメ

なぜフランスでジブリの曲を?
大げさに言ってしまったら、みんな小さい頃から日本のアニメを見て育つ。
特にフランスは、漫画・アニメ消費大国である。こちらに来て驚いたことの一つだが、図書館や本屋さんに行くと必ず日本の漫画コーナーがあって、しかもそれがかなりのスペースを取っている。日本の漫画専門店もある。
出ている漫画の新刊もほぼ日本と同じペース、ワンピースやドラゴンボールなどは大定番で当たり前だが、私が全く知らないような漫画やアニメなども隅々までチェックしていて、この漫画が好きなんだと言われても全然わからないこともある。

最近の書店はspy×family推し。日本とほぼ同じペースで新刊も発売される


いまやNetflixなど動画サービスも充実しているので、簡単に日本のアニメを見ることができる。
私は以前フランスの9人大家族と一緒に暮らしていたことがあるのだが、小さな下の子たちは、Netflixで既にほとんどのジブリ作品を見たことがあるようで、好きなジブリ作品について一生懸命教えてくれた。
(日本のNetflixは権利の問題でジブリ作品は配信されていないようだが、フランスのNetflixではほぼ全ジブリ作品を視聴することができる。)


素敵な物語や音楽は、国境関係なく人の心に届き、人と人を繋いでくれる。ただ一人フランスにいても、私と音楽を繋いでくれた。


久しぶりに立ったティンパニの前、ナウシカのソロ。

練習は週に一回、木曜日の夜の19時半からだ。
一日授業を受けた後、このオーケストラでティンパニを叩く時間をその日の楽しみに、一日の終わりにティンパニの前に立つ時、自分の全てを音にのせて、自分自身と向き合えるような気持ちになる。

毎週木曜日の、オーケストラの特等席。お気に入りの空間


出会った翌日からいきなり練習に参加した私だが、楽器を演奏するのはすごく久しぶりだった。中学・高校と6年間吹奏楽部でパーカッションにのめり込んできたけれど、高校生以来6年間、スティックを握っていない。
吹奏楽部時代は主にスネアとティンパニを担当していたが、このオーケストラでは既にドラム/スネア担当と鍵盤担当はいても、ティンパニを演奏できる人が見つからないということで、そのまま私がティンパニ専属になった。

とはいっても、私もフランスに来てから少しづつオーケストラに参加したりしていたけれど、ティンパニには全く触れていなかったので、その前に立ったのは高校生の時以来だった。夏の最後のコンクールを思い出す。
6年ぶりに、完全にパーカッションに戻ってきた。

渡された楽譜に記号を書き込んでいく時、懐かしさが込み上げる。その中に、この部分が誰も演奏できないんだけどと渡された、ナウシカの楽譜があった。冒頭の8小説目までの、複雑なティンパニのソロ。
高校生の時に感じていた、やる気が込み上げてきた。

1時間ちょっとのコンサートで演奏するのは、スクリーンに映された映像と共に届ける、ジブリ全13曲。
以下のラインナップだ。

1.海の見える街 /魔女の宅急便より
2. あの夏へ         /千と千尋の神隠しより
3.竜の少年          /千と千尋の神隠しより
4. 6番目の駅       /千と千尋の神隠しより
5.ふたたび          /千と千尋の神隠しより
6.アシタカせっ記   /もののけ姫より
7.アシタカとサン   /もののけ姫より
8.人生のメリーゴーランド  /ハウルの動く城より
9.紅の豚 挿入歌
10.ナウシカ 挿入歌
11.となりのトトロ     /となりのトトロより
12.深海牧場               /崖の上のポニョより
13. ポニョのテーマ   /崖の上のポニョより

お気に入りの曲はあるだろうか?


どこに行っても、言葉の代わりになるもの

いきなり楽譜を渡され、慌てて音程を書き込み、練習を始めたら、久しぶりに叩いた感じがしなくて、夢中で練習に入りこんでいた。
いよいよ全体での合奏練習が始まる。オーケストラのシェフが「ナウシカー」と言い、次の練習曲はナウシカになった。

心の準備をする間もなく、私のティンパニから始まる。
自分が「ナウシカ」と聞いて想像できるもの全てをイメージして叩いた。長い小節のソロということで、一斉にこちらを見られている。
下手だなと思われているだろうか?
だから合奏後、まだまだこれから練習だなと思いながら楽器を片付けようとしている時、オーケストラのシェフが来て、「すごくよくてびっくりした!このオーケストラに入ってくれてよかった」と声をかけてもらえた時は、本当にうれしかった。
他の楽器の方にもよかったと言って頂けて、ひとまず安心する。

新しいメンバーがパーカッションに入りました、なんと日本からきた、〇〇ですー!と合奏後にオーケストラの皆さんへ紹介して頂き、あたたかな拍手をもらったとき、本当に音楽をやっていてよかったと思った。

この冒頭のソロを叩く時、アドレナリンか何かが出ている気がする


その後は、ナウシカや、まだ見たことがなかった他のジブリ映画も視聴して、曲の世界観を自分に染み込ませようとしている。ナウシカの冒頭をどうやって叩くかは、まだまだ研究中だ。

私は、すごく海外に興味があって、人と比べたらどちらかというとフットワークが軽い方だと思うけど、そのくせにコミュニケーションがすごく苦手である。
でも中学校の時から、楽器を演奏することが、自分の中の気持ちを代弁してもらえるように感じる。
ジブリの美しくも力強い音楽を前に、ティンパニの中からオーケストラ全体を眺める時、心が溶けるような気持ちになり、自分がここでティンパニを担当していることをすごく幸せに感じる。
何年か音楽を止めていても、結局はここに戻ってくる。

私にはパーカッションがあってよかったと、心から思う。

ジブリは今期までの一年間のプログラムで、来期からの一年はゼルダの伝説シリーズの挿入歌に取り組むので、私たちなりのジブリを届けられるのも後少し。

今はジブリの曲を前にティンパニの前に立つ時が、一番自分らしくいられる時間だと感じる。


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