中井久夫と知り合った、きっかけ その2

今回はこの記事


の続きである。

2016年 8月 25日
青森県 青森市 で

浪岡中学校に通う当時、中学2年だった
女子生徒がイジメを苦に
電車に飛び込んで自殺した。

筆者は非公式ながら
青森市が設置した第三者調査委員会に
情報提供を行った。

理由はこうだ、

青森市が最終報告として
「自殺原因はイジメであった」
と結論づけた場合

これは行政文書として
裁判所の判決文と同じ程度の法的能力がある。

つまり、公的には

イジメ加害者らに対して
「コイツら人殺しです」と
青森市という地方自治体が
公式に認定したことになる。

それゆえ、イジメ加害者およびその保護者らが
逆ギレして「自殺原因はイジメじゃない、不当だ」
「ウチの子は人殺しじゃない!」と主張し

青森市を相手どって裁判を起こされても
それを跳ね除けられるだけの
証拠を積み重ねていかないといけない。

結果
2018年 8月
青森市が設置した第三者調査委員会の出した
最終報告書では

「自殺原因は イジメ であった」

と結論づけられた。

2024年1月現在
青森市によって「人殺し認定」された
加害者およびその保護者らが
青森市を相手どって裁判を起こすことはしていない。

これにより

自殺した女子生徒 葛西 りま に対し

多人数で羽交い締めにして
クソ入り便器に頭を突っ込ませて
汚水を飲ませながら
ケラケラ笑ってみていた

鎌田 莉音 ほか

加害者生徒、およびその保護者らから

筆者は激しい逆恨みを買ったことは
言うまでもない。

鎌田 莉音 に関しては
父親が筆者と小学校、中学校で
同級生だったこともあり
事態はいよいよ複雑化したけども

こればっかりは仕方ない。

このイジメ自殺事件について調べると決めた時
「起きていたこと、事実」だけを
積み重ねて調べるだけならば
私個人だけで十分にやっていけるのだけれども

事件に至るまでの背景や集団心理等を
詳細に追っていくには
どうしても専門家の助力が必要であった。

心理学の専門家か
心理分析に優れた精神科医の協力
が要るな、とは思ったが

浪岡中学校で起きたイジメ自殺事件では

自殺当日に加害者生徒らが爆笑していたり

翌年の命日に加害者親子らが集まり
自殺を祝ってビアパーティーを開いていたりと
起きていることが

ちょっと、病的だな
と思ったので

心理分析に詳しい精神科医を探すこととした。

とはいえ、筆者の友人に医学部の学生はいたけども
精神科医の友人はいなかったので
とりあえず当時、東京大学 医学部の子に
相談してみることにした。

それが、前の記事での
「西成の三角公園」での話に
つながっていくきっかけだ。

まぁ、彼も私と話したかったらしい。

「センセ、フィネガンズ・ウェイクについて訊きたいんやけど」

「一晩で語れるわけないだろ、却下」

「センセ、失われた時を求めてについて、」

間髪いれず「一晩で語れねーよ、却下」

こういう時の彼は三度目の正直というか
三つ目の質問が本題、というクセがあるのだが
今回もその例にもれず

「センセ、で、ゴドーってなんやねん?」

うん、これは良い質問だと思った。

ちょうど、大晦日の夜が空いていたので
その日に会う約束をして
久しぶりにベケットの
「ゴドーを待ちながら」を読み直した。

この作品を知らない人向けに簡単に説明しておくと

二人の男が「ゴドー」を待って
互いに話をしている。

が、いつまでたっても
ゴドーは来ない。

待てど暮らせどゴドーが来ない中
二人は次第に精神的に追い詰められ
泣き出し、ついには
「死んでしまいたい」と
口にするまでになる。

物語のラスト、二人は

「もう、ゴドーを待つのはやめよう」
「そうしよう」
となり

「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「そうだな」
と応え、その場を離れようとするが

二人はそこで座ったまま、動かない。

そして幕が閉じる。
といった話である。

最初から最後まで「ゴドー」が何なのか?
一切の説明はないし、明かされることもない。

人なのか、モノなのか、あるいは何らかの状況を指すのか?

まったくわからないまま、話は終わる。

なるほど、彼が
「ゴドーがなんなのか?」知りたがるのも
もっともな話である。

医学という学問は突き詰めると
「こたえ、原因、理由」を
ひたすら探し続ける世界なので
彼がこの疑問をもつのは当然だ。

私が彼に対して行った説明としては

「作者であるベケットはこの作品を通して
この演劇を観る側の心を映し出す
鏡、を創り出すことに成功した」

というアプローチをとった。

人生をかけて挑む対象

それはある人にとっては
救いであったり
社会的成功であったり
愛する人から愛情を勝ち取ることだったり

100人いたら100通りの答えがあるハズだ。

人には時として
心を掻き毟るような衝動だったり
焦燥があったりする。

そういうものを抱えている人にとって

この演劇は
その人自身のかかえている「それ」を
浮き彫りにさせる力をもっている。

我々はこの演劇を観て
登場人物の内面を覗き込んでいるように見えて
実は我々自身の内面をのぞきこんでいる。

観る人、おのおのが持つ
心の内面を映し出す鏡が
この作品の持つ装置であり

「その」衝動、焦燥こそが
その人にとっての
「ゴドー」である。

と、ここまで説明して
私は彼に質問した

「で、いったい君は何を悩んでいるのかね?」と。

すると彼は合点がいったのかハッとした顔をして
正直に思いのうちを明かしてくれた。

彼が言うには
今までずっと突っ走って頑張ってきて
それなりに報われて
それなりに成功して
それなりに目標もある。

今の生活は充実しているし
これといって不満があるわけでもない。

ただ、「これが自分の生きる道だ、正解だ」と
信じて、それだけを信じて生きてきたけども
「実はもっと他にやるべきことがあったんじゃないか?」
「他の可能性が自分にはあったんじゃないか?」
と、ふと思う時がある。

そう考えだすと自分のアイデンティティみたいなものが
グラつき始めて、ときどき
不安でしょうがなくなってしまう時がある、

と。

これには少々、驚いた。

正直、彼は人生のド真ん中をいきていて
なんの迷いもないものだと思っていたからだ。

東京大学医学部といえば
日本の中でもトップ中のトップの頭脳があつまる所であり
彼はそこに難なく合格し、進学し
大学でもそれなりに優秀な成績をおさめている。

人柄は誰もが認める優しくて誠実な性格だし
周りの友人も恩師らも
素晴らしい人にめぐまれて、囲まれて
日々、精進している。

こんな人生ならば
なんの迷いも悩みも無いんじゃないか?などと
凡人の私なんかは思っていたんだけども

彼は彼なりに迷ったり、悩んだりしていたのだ。

そこにはどこにでもいる青年特有の普遍的な姿があった。

こんな時、こんな話を西成のあいりん地区で
ワンカップ片手に呑みながら語り合って
散歩している二人、というのは
傍から見たらかなりシュールだったかもしれない(笑)

が、舞台装置としてあの街はかなり優秀なので
そこを利用した。

「ちょうど、この街にいる人々、我々もふくめて
みんな、さまよいながら生きているんじゃないのかね?
なにが正しいのか?に絶対的な正しさを求めすぎると
生きているのがシンドくなってしまう。
けど、正しさを求めて頑張る、ってのはまぎれもなく
君が一生懸命いきてるってことの証だし
正面から人生に取り組んでるっていう証だ。
そこは胸を張って自分を誇ってもいいと思う。
それでも、わからなくなった時は
いつでも私の所へおいで。
できる範囲内で力になるよ」

と伝えた。

生きてることに迷いが出たら
ワンカップ片手に
西成の街を歩いたら良い

これは私の持論なんだけども。

少なくとも彼にとっては効いたようだ。

で、別れ際
彼に
「イジメ自殺事件の調査で動こうと思うんだが
何か良い書籍とかないか?」

と訊ねた。

後日、彼が私に贈ってきたのが

中井久夫 著:「いじめの政治学」


であった。

コイツ、さすが東大医学部だな、と思った。

この時まで私は中井久夫という人物を
まったく知らなかったのだが
この本を一読して

「この人は天才だな」と確信した。

なんとかして、知己を得ることはできないか?
と、これまでの対人関係のコネを
フル動員して
なんとか本人に会うことができた。

南部陽一郎のときは
人からの紹介で知り合ったが

中井久夫の時は
自分から全力でぶつかっていった。

事態が事態だけに
一刻を争う話でもあったからだ。

イジメによる自殺事件と向き合う、というのは
本当に精神的にキツい作業だし
一歩まちがえると、こっちの精神がやられる。

見ず知らずの場所でおきた
見ず知らずの人らによる凶行ならば
ある程度、客観的に距離をおいて
身を処すことができるが

このイジメ自殺事件に関していえば

まず、起きた場所が私の母校の中学である。

加えていうならば、私は

加害者の親とも
被害者の親とも

面識がある上に

私自身、弘前大学教育学部の3回生まで在籍してから
横浜国立大学に入り直した、っていう経歴上

イジメ自殺事件の発生時の
浪岡中学校の教員連中のことも
あらかた知っている。

また、イジメ自殺事件発生時の
青森市長は浪岡地区出身であり
(このせいでイジメ隠蔽工作が大々的に行われた)

それから三ヶ月後の
青森市長選挙で当選し、この事件について
本格的な調査を指示した新市長は

青森高校時代の同期である。
(彼とは同期であるが面識は一切ない。
が、結果的に
「彼を追い落とそう、破滅させてやろう」
とする前市長や他の勢力らからの政争に
私が巻き込まれることとなった件は後述する)

これだけ接点が多いと

客観性を確保したり
精神的に距離をおいて考えるには
協力者、助言者がどうしても必要だ。

それも出来る限り優秀な。

青森市が設置した第三者調査委員会での報告書が
「自殺原因はイジメだった」と結論づけた場合
これに関して

・私が青森市長と打算や利害関係があった、
と邪推されたり

・加害生徒の親たちに対して
私の「個人的な悪意とか私怨があった、
と邪推されたり
(実際問題、一部の加害者親子からは逆恨みされた)

されたりするのは心外だったので
これについても距離をおいて
アドバイスしてくれる人物が
どうしても必要であった。

こうした背景を考えた時に
あの時点で望みうる最高の人選が
中井久夫であった。

生きていると、ときどき信じられないような出来事
人との出会いがあったりするものだが
私は巡り合う人には
かなり恵まれてきた方だと思っている。

私は青森を離れ、青森を棄てて生きることを選んだわけだが
その理由としては「どうしても関わりたくないこと」
が多すぎたし、それに関して「直視したくないこと」
から避けて、逃げて
生きたかったからなのが大きい。

それでも結果として
このイジメ自殺事件では
そういった部分と向き合わねばならない事態になったので
本当にツラくてシンドい作業であった。

中井氏と関わった時間は
結局、数年間しかなかったけども
彼から学んだこと
彼に救われたこと
を数えあげたらキリがない。

本当に感謝している。

彼の的確かつ正確な心理分析
折に触れてのアドバイスが
なければ、きっと途中で心が折れていたと思う。

次は彼の分析による
浪岡中学校、イジメ自殺事件について
少しずつ触れていこうと思う。

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