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【短編小説・1人用朗読台本】無機質な世界より、アイをこめて。 ③Competition

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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ある日、世界は私だけを残して、止まってしまった。
これは決して比喩ではない。文字通り、止まったのだ。
当たり前のように、目を覚ますと止まっていたのだ。
これは、そんな世界で生きた、一人の愚かな人間の手記である。

『あなたの夢は、なんですか?』

【上演時間】
約10分

【配役】
私(男):この手記の書き手。時間が泊まった世界に生きている。
    ※性別変更可

優等生(男):優等生であることを求められ、頑張り続けていた。 
    ※性別変更不可
    ※「私」と兼役


※このシナリオはシリーズ台本です。単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通してご覧いただいた方が、より楽しめるかと思います。



私:世界が私を残して止まってから、十日が過ぎた。
私:私はこの世界で残されたことをどう受け止めるべきなのだろう。
私:誰とも関わる必要はない。誰かと争う必要もない。
私:争うことも、競うことも、もうしたくない。
私:それは私が平和主義者だからではない。
私:負けることが分かりきっているからだ。



私:誰とも話す機会がないからか、ノドが痛い。せきが出る。
私:何か飲み物はないかと探すが、見つかるのは空のペットボトルばかり。面倒だが、そろそろ飲み物を調達しに行かなくてはいけない。
私:それに、少しは体を動かさなくては、ますます弱ってしまう。そう思って、動きやすい服装で外に出る。


私:視界に映るのは、やはり静止して動かない人々。自転車を走らせ、主要な大きい駅まで向かい、そこから歩く。
私:止まった人々を見る。スーツ姿のサラリーマン。子どもを幼稚園へ送り届ける母親。楽しそうに離しながら通学する学生たち。バスを待つ老人たち。
私:みんな、どこかへ向かおうとしている。向かうべき場所がある。
私:そのことに気付き、うらやましいと感じる。向かうべき場所があるのは、勝者だけだ。敗者には、向かうべき場所などない。

私:――うわっ!

私:そんなことを考えながら歩いていると、何かにぶつかってしまった。見ると、学生服を着た高校生らしき男子だ。やや細身の身体に、遊ばせることなく整えられた頭、細くつり上がった目とシンプルな黒いフチの眼鏡。いかにも優等生といった出で立ちだ。

私:――いったた…。すまない、考え事をしていて、前を見ていなかったようだ。……って、止まっているのだから、別に謝る必要はないか…。

私:青年にケガがないことに安心しながら、私は倒れたまま人形のように動かない男子学生を起こした。落ちた参考書を拾い、カレの手にもどそうとした、その時。

優等生:――久しぶりですね。……兄さん。

私:――…えっ?

私:聞こえるはずのない声に私はおどろく。止まっているはずのその男子学生から声だけが聞こえる。いや、それよりも。兄さん、と言ったのか?そうか、たしかこの青年は…

私:――…ああ、久しぶりだな。元気かい?

私:カレとは出来ることならば、会いたくなかった。

優等生:――それは皮肉ですか?あなた達が出ていってから、ボクが父さんからどのようなあつかいを受けたのか、想像に難(かた)くないでしょう。

私:止まったままで表情は変わらないが、不快感をあらわにした声でカレは言った。

私:――…そのことに関しては、本当にすまないと思っているんだ。

私:私とカレは、いつもいつも比べられた。

優等生:――良いご身分ですねえ。ボクは必死こいて勉強しているというのに、あなたはのん気に散歩ですか?

私:昔から私は何も出来なかった。

優等生:――どんな気分ですか?何もかも丸投げして、自分だけ自由になった気分は?

私:だからカレは、私の代わりに期待に応えようと努力していた。

優等生:――出来る限りのことはしてきました。でも、その度にハードルが上がっていった。少しでも出来ないと、見限られて食事もまともに与えられないんです。

私:私はカレに、期待という重荷を背負わせてしまった。

優等生:――一流の大学に入ることしか許されなくて、二年も失敗した。もう後がないんです。

私:カレは優等生であり続けた。あの人のために。あの人のために、己の人生をささげた。

優等生:――ボクはいつになっても先に進めないでいる。勝つことが出来ないでいる。勝つことが出来ないと、ボクには生きている価値はない…!

私:その価値というのは、あの人が、そして社会が決めたものだ。

優等生:――何故だ!何故あんたではなくボクなんだ!あんたは大して努力もしていないのに、努力しているボクが何故こんな目にあわなくてはいけないんだ!

私:あきらめてしまった私には、カレがどれだけの努力をしてきたか、知る由(よし)もない。私にカレの苦しみなど分からない。

優等生:――何とか言ったらどうなんだよ!あんたのせいでボクはこんなにも苦しんでいるんだ!!それなのに、それなのに……!

私:だから、私はこうしてカレの言葉をただただ聞くことしか出来ない。それでも。

優等生:――(荒い呼吸)……なあ、ボクはどうしたらいいんだ?何がダメなんだ?教えてくれよ…!…助けて、くれよ……

私:私は、全てを受け止める。

私:――言いたいことは、それだけかい?

優等生:――…え?

私:私は止まったままのカレをだきしめる。動かないし、表情も変わらないはずなのに、おどろいたのが分かった。自分でもこんな行動に出るとは思っていなかった。少なくとも、元の世界ではこんなこと、しなかっただろうと思う。

私:――私には君の言葉を聞くことしかできない。だから、君のかかえこんでいる気持ちを、すべてはき出せばいい。私にぶつければいい。それで君の心が少しでも軽くなるなら、いくらでも。

優等生:――……もうイヤだ。

私:――うん。

優等生:――もう競争したり、勝ち負けを決められたりしたくない。

私:――うん。

優等生:――本当は、優等生なんかじゃない。自分一人では何も決められない。何も出来ないんだ。

私:――うん。

優等生:――それでも、優等生でいたかった。父さんに認められたかった。

私:――そうだね。

優等生:――ただ、「よくやった」ってほめられたかっただけなんだ。そうして笑って頭をなでて欲しかっただけなんだ。

私:――知ってるよ。

優等生:――やりたいことだって、たくさんある。

私:――そうかい。

優等生:――いろんな場所を自分で歩いて、たくさんのものを見たい。

私:――うん。

優等生:スポーツだってもっとやりたい。勉強はそんなに好きじゃない。

私:――そうなのかい?

優等生:――放課後に友達と好きなだけ話したり遊んだりしたかった。

私:――うん。

優等生:――もう一度、母さんに、会いたかった……

私:――…そうだね。

私:カレと私は気が合わないと思っていた。今でもそれは思っている。
私:カレは私のことがキライで、私はカレのことが苦手だった。
私:だが、カレも私も、望んでいたものは同じだったのかもしれない。
私:だからだろうか。どうしてもカレのことをこのまま放っておけなかった。

優等生:――このまま、勝ちきることが出来なかったら、ボクは…どうすればいいんですか?

私:カレは先程よりは落ち着いた声で聞いた。

私:――勝つことだけが生きる意味になるわけじゃない。

優等生:――それは、負けたから言い訳をしているだけでしょう?

私:――それは…そうかもしれない。

私:お世辞でそんなことはないと否定することは簡単だ。
私:けれども、それは私自身にウソをつき、私自身を否定することになる。

私:――…そうかもしれない。
私:でも、例え勉強で勝ちきれなかったとして、他に何か勝てることがないか探せばいい。それだけだと思うんだ。
私:それに、負けるくやしさを知っている人間は成長出来る。
私:負けるつらさを知っている人間は負けた者、弱い者の気持ちを理解出来る。

優等生:――そんなの、弱い者同士で傷をなめあっているだけじゃないですか。

私:――そうかもしれない。だけど、一人で勝てないなら、周囲の人間と協力して勝てばいい。それも手段の一つだと思うんだ。

私:心の中で私にはそういうことは出来なかったけれど、と思った。

優等生:――…たしかに、ボクは何もかも一人でやりきろうとしすぎていたのかもしれません。父さんにボクだけを見てもらいたいと思って、それで…。

私:――そもそも、あの人のためだけに生きる必要はないんだ。
私:――人生は自分のもの。他人だけのために生きてもつらいだけだ。
私:――どのように生きようがそれは君の勝手だけど、どうなろうと納得出来る道を考えて選ぶんだ。
私:――君はかしこいから、どうするべきかは自(おの)ずから見えてくるだろう。

優等生:――…そうですね。真に優等生となれるよう、やれるだけやってみるよ。

私:――ああ。じゃあ、またな。

私:青年からの反応はもうない。しかし、カレの参考書を持つ手にはしっかりとした力強さが感じられた。



私:競争には勝敗がついてまわる。
私:競争するからこそ、人は成長し、文明は発展していく。
私:しかし、勝敗というものは見方を変えればすぐに変化してしまう。
私:例え世間からは敗北に見えたとしても、自分にとって勝利であればいいと思う。そうでないと、報われないじゃないか。
私:この世界が止まってしまって十日。
私:私がここに取り残されたことは勝利なのだろうか。敗北なのだろうか。
私:それを決めるのは私であり、その他のだれかかもしれない。
私:勝負はまだ始まったばかりだ。最後くらいは、勝ちに行くことを目指すのも悪くないかもしれない。



                           《続く》

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