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チョコパイそして梅干し

障害者の作業所に通所している。
そこだって立派な職場だ。
日々コツコツと作業にいそしんでいる。
ここ数日のわたしの作業は、ミシンを使ったポーチ作りだった。
わたしはミシンが苦手だ。
学校の家庭科でミシンをさわったことがある、たったその程度のキャリアだ。
ただまっすぐ縫っていく、それだけのことに、とんでもない集中力を必要とする。
その日も、みんなが、作業に使う用具を入れたロッテのチョコパイの空き箱に反応してはしゃぐのを横目に、黙々とミシンをセッティングした。
作らなければならないポーチは、裏地つき、ファスナーつきのものだ。
初心者には高すぎるハードルだ。
そのハードルを越えたい。
そう思い、慎重に布地に針を刺し、チャコペンで引いたラインに沿って、ミシンをかけ始めた。
一瞬も気が抜けない。
早くなくていい。
ゆっくりと、正確に、まっすぐに縫わなければ。
ミシンをちょうど、ラインの半分くらいまでかけたとき、誰かに声をかけられた。
「集中してるところごめんよ」
わたしは手を止めた。
職場の男性アイドルAさんだ。
長髪でスレンダー、顔立ちも美形でわたしの憧れの利用者さんだ。
なにかを取ってほしいのかな?
ミシンが邪魔な位置にあるのかな?
わたしはAさんに意識を向けた。
Aさんは言った。
「いやさ、さっきチョコパイの箱見たじゃん」
「そしたらさっきから、無性にチョコパイが食いたくてたまらなくなっちゃって」
「うわー、チョコパイ食いてー、ってさ」
話は終わった。
わたしは言った。
「えっ?それだけ?」
「わたしが全神経を集中させてるときに、チョコパイ食いてー、それだけ?」
「こんな息詰まる瞬間に、まさかのチョコパイ?」
Aさんは爽やかに微笑みながら言った。
「うん、だから、集中してるところごめんよって言ったじゃん」
無邪気すぎるだろ!Aさん!
そんだけのことなら、誰か他のヤツに話しかけろ!
わたしはミシンに意識を戻した。
ラインはずれていた。
やり直しだ。
ロッテのチョコパイのせいだ。
そう思った。
帰りの送迎車は、Aさんと同じ車だった。
スマホに集中しているAさんに、ここぞとばかりに話しかけた。
「リピートしてた梅干しが売り切れちゃって、別のメーカーの梅干し買ったんだけどさ」
「今までの梅干しが気に入りすぎて、別のメーカーの梅干しってことになると、チャレンジなんだよね」
仕返しだ。
Aさんは、うっとうしそうに、それでもちゃんと会話に付き合ってくれた。
わたしの気持ちがわかったか!
そう思った。
ポーチの作業は、まだしばらく続くだろう。
頑張っていこうと思う。



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