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ある教団での会話 (1/7)

(物語風です)
(後に残酷描写あり)

前を歩く男の背中を付いていきながら長い通路を歩いた。
やがて、一つの小部屋にたどり着いた。
小部屋の中は薄暗い。
壁にかかったろうそくが揺らめいて、室内をわずかに照らしている。

「一番前の席に座れ」
壁の一面に、よく磨かれた石版が懸けられていた。
そして、石版と向き合うように椅子が列を為して並べられている。
私は、言われたとおり一番前の席に座った。

私をこの小部屋へ連れた男が、石版の前に立った。
左手には本を広げ、右手にはチョークを握っている。
男は、一拍、部屋をぐるりと見渡したあと、やがておもむろに口を開いた。

「ハルモニア教団へようこそ」
決して大きくはないが、しかしよく透き通る声で男は挨拶した。
「私はあなたの教育担当、ゼータである。新入り、我々はあなたを歓迎する。人生を懸けて数の神秘を探求せんとする者を、我々は拒まない。」

男は続けた。

「我がハルモニア教団は"数"こそ森羅万象の根源と信ずる宗教団体である。我が教団の入信条件はただ一つ、数こそこの世の根源だと固く信じることである。同志が増えて嬉しい。我々はあなたを歓迎する。」

落ち着いた口調で目の前の、ゼータと名乗る男はそう言った。
一方私は、初めての場所、初めての人間の面で緊張するばかりであった。

ゼータはこちらを振り向いた。
「さて新入り、あなたの名前を教えてくれないだろうか?」

緊張で身体が強張りながらも、努めて口を開き答えた。
「デルタと言います。」

ゼータは続けた。
「デルタ、あなたは我が教団に何を求めているだろうか?」
「心の拠り所です。」
「心の拠り所とは、どういうことだろうか?」
「私は、とある事情で今まで抱いていた信念を失ってしまいました。足立つ大地が崩れてしまいました。私は新たな心の拠り所を、普遍の法則である"数"に求めています。」

「了解した。」
ゼータは身体を翻した。
「あなたの望みに対して、我が教団はきっと応えられるだろう。"数"に対する知識と経験は、我が教団がこの世界で一番だからだ。」

ゼータはこちらに背を向け、右手に持ったチョークを石版に立てた。
「"数"を探求するには、まず"数"とは何かを知らなければならない。詩を探求するには、まず"言葉"に熟達しなければならないように。」

ゼータは石版に大きく"数"と書いた。
そしてその下に、"世界"と書いた。

「まず世界ありき。現実の、"この世界"が存在する。ここが出発点となる。」
「そして、共通の性質を抜き出して抽象化する。この方法はいろいろある。例えば、オリーブとアカンサスをまとめて"植物"とカテゴライズするように。」

ゼータは左手に持っていた本を机に置き、ポケットから"なにか"を取り出した。
「抽象化する一つの方法に"数"がある。今、私の掌には何がある?」

ゼータは手を広げた。
私はゼータがポケットから取り出したものを見た。
「メダルです。」

「何枚ある?」
「3枚です。」

「その通り。」
ゼータはメダルをチョークに持ち替えた。

「次の質問だ。今、私の掌には何がある?」
「チョークです。」
「そして、何本ある?」
「3本です。」

私は淀みなく答えた。

「正解だ。」
「では最後の質問、デルタに答えてもらったメダルとチョークの共通の性質はなにか?」

私は答えた。
「どちらも"3つある"ことです。」

「そう、どちらも数"3"で抽象化できる。メダルとチョークは別物だが、今の例ではどちらも"3つある"という性質でカテゴライズできる。これこそ"数"である。」

ゼータは声を大きくした。
「大事なことを言おう。抽象化の一例として最初、オリーブとアカンサスをまとめて"植物"とカテゴライズした。では、メダルは"植物"だろうか?」
「違います。」
「その通り。一方、3枚のメダルと3本のチョークをどちらも数"3"でカテゴライズしたが、数"3"でカテゴライズできないオリーブはあるだろうか?」
「ないと思います。」
「なぜ?」
「結局、オリーブを"3つ"集めれば、新しく数"3"でカテゴライズできるからです。」

「その通り。」
ゼータは拍手して私を褒めた。
「つまりこうだ。"植物"にカテゴライズできないものは存在するが、数"3"にカテゴライズできないものは存在しない。この事実こそ、我が教団が"数"を信条とする理由だ。」

ゼータは熱を込めて言った。
「この世界に存在するものは、全て"数"を共通項とする。世界に存在するということは実体を持つことであり、即ちカウンタブル(数えられる)ということだ。だから、数を探求することは即ち世界の把握に繋がる。この信念こそ我がハルモニア教団の核心なのだ。」

((2)へ続く)

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