見出し画像

【短編小説】会社員物語:システム翻弄記

今日もとある技術系社員の一日が始まる。

「さてと・・・ まずは会議録か」

昨日行った会議の議事録をシステム上で作成していく。
以前はメールでの配信だけで良かったが、DX化の方針でシステムに登録することが義務になった。

昨今流行りになっている『DX』の影響を受けたのか、このように色々な部署でシステム化されるケースが出てきたのだ。
しかも管轄する部署ごとでシステムのユーザーインターフェースが異なるため、四十代後半のおじさんは覚えるのに一苦労だ。

「次は・・・量産品払い出しの申請か」

会議録の登録が終わった次は、また新しく出来た別のシステムを立ち上げる。
と、向かい側に座っている若手が声をかけてきた。

「すみません、センパイ。海外出張の手配ってどう進めるんですか?」

「ああ、そうか・・・ 初めてか、君」

「そうなんですよ。最近出来たシステムのやり方がよくわからなくて」

そうだろうなと思い、自分の仕事の手を止め若手に方法を一通り説明する。

まず仮計画書を作ってシステムに登録し、その後別のシステムを立ち上げてチケット手配依頼をかける。
お次は健康管理室のホームページへアクセスして問診システムに必要事項を入力し、その後は該非判定をこれまた別のシステムで入力、申請する。

そして仮計画書がシステム上で上司確認されたところで本計画書の申請に移るのだが、そこは紙で印刷して部長の承認印をもらい、それを総務部に送る。すると、後日チケットが送られてくるのだ。

「どうだ? 理解できたか?」

「はぁ・・・ なんとなくわかった気がします。けど」

「けど?」

「最後は紙なんですね。あと、仮って必要なんですかね?」

若手のツッコミはもっともであった。とは言え、そういうルールなので仕方がない。

「知らん。規則だから」

と、そっけなく返した。

若手は納得がいっていないようだったが、教えた通りに入力を始める。すると今度はまた別の若手がやってきた。

「あの~、海外出張の費用清算ってどうやるんスか? ここまでは進んだんスけど・・・」

お次は計画ではなく、終了後か。これも複雑な経路を辿らなければならなかったが、若手は7割ぐらい進んだところで止まっていた。

「ああ、それはだな」

説明しながら登録するボタンを押しても、何故か次に進まなかった。

「あれ? 次にいかない・・・」

「そうなんスよ。ここのアイコンがアクティブにならないんスよ」

今どきはアクティブと言うのか! 自分は『黒字の箇所』とか『灰字の箇所』と呼んでいたのだが、そこはあえて言わずに若手と一緒になってシステムと暫し格闘する。

「おかしいな。前は上手くいったんだけど。・・・ちょっと、システム管理者に電話で聞いてみるか」

「あ、お願いします」

そうして問い合わせると、

「ああ、今改修中なんですよ。だからそのページを印刷して担当部署へ送ればいいですよ」

と明るい声で回答が返ってきた。

「・・・・・・」

なんだかなあと思ったが、それをそのまま若手に伝える。

「紙でいいんスね・・・。なんか、複雑すぎっスよねこの出張清算システム」

「まだいいさ。名刺に比べたら」

そう言って私はある方向を指さした。その先ではベテラン社員が難しい顔をしてPC画面とにらめっこしていた。

「今、ナベさんがチャレンジしてるよ」

「げっ! マジっスか・・・」

若手が驚いたのには理由があった。
新しく稼働した名刺発注システムは複雑怪奇で、『初見殺し』と呼ばれるモンスターシステムなのだ。

まず、申請そのものはAシステム、次いで名刺に記載する情報はBシステムに入力し、袋の種類はCシステムで選択する。そして名刺の紙質はDシステムで選択をし最後に各々のシステムをリンクさせて完了、というのが名刺発注システムの概要だ。

このシステムは複雑なうえに途中保存が存出来ず、しかもリンクさせるとあるメッセージが出てくるのだ。

『最後にパスワードを入れて下さい』

「パスワード? なんだこりゃ?」

実はここに落とし穴があるのだ。
実際は『meishi』という共通パスワードが正解なのだが、ここで自分のPCのログインパスワードを入れてしまうと・・・

「ああ!! ・・・初期化されちまった・・・」

こうなるのだ。

これが初見殺しと呼ばれる所以であった。そして、多くの者がここで脱落していく。

ナベさんと呼ばれたベテランが悲しそうな顔をして椅子から立ち上がると、どこかへと向かっていく。

「あの、ナベさん?」

若手が声をかけるとナベさんは振り向き、指で挟み持った名刺を掲げ、

「この最後の1枚をコピーして、切るわ」

と、コピー機へ向かう後ろ姿はどこか哀愁が漂っていた。
実はこのシステムが導入されてから、ナベさんのように名刺をコピーする者が一定数いる。

コピー&カットされた名刺は『ペラペラ名刺』と呼ばれ、中には厚紙に貼り付けて使っている人もいる。
ナベさんはコピーした紙を持って戻ってくると、コピー元の名刺を手に取り、

「いいか、本物の名刺はここぞという時に使うんだぞ」

と良く分からないアドバイスを言った後、コピーした名刺をハサミで切り始めた。

「なんか・・・ 悲しいっス」

アドバイスを受けた若手はポツリと呟くのだった。

----------------------

午後からはチャレンジングなシステムと格闘する羽目になった。
まずは紙の用紙に手書きをし、それをスキャンしたものを登録すると自動で読み込んでくれる通称・『ハイブリッド型システム』。

必要事項を記入し登録すると、

『字が大変個性的すぎます。もう一度やりなおして下さい』

というエラーメッセージが出た。

(・・・ゴメンね! 字が下手で!)

続いて音声で入力するタイプの新システム、通称『話してくん』。早速、ガイダンスに従って話していくと・・・

はあ? もう一度きちんと話してください』

のエラーメッセージが。

(・・・ゴメンね、滑舌悪くて!!(怒))

更にお次は時間制限型システム。申請ボタンを押してから30分以内に承認してもらえないと、一からやり直しとなるシステムだ。
申請するとPCのモニターに『30:00:00』の表示が現れ、カウントダウンが始まっていく。

気にせず別の作業をしていたのだが、暫く経ったところで今日は上司が休みだったことを思い出した。
慌てて代行決済が出来る人を探し回るが、10秒足りずに一からやり直す羽目になる。

(このシステム考えた奴、出て来い!!!(怒×2))

一体全体、なんのためのシステム化なのか? 自分も含めみんながシステムに振り回されている。
マニュアルは昔あったが、度重なるアップデートや新システムの立ち上げについていけず、とっくに崩壊している。

昔はこういう申請関係を専門にやってくれる庶務の人がいたが、人件費削減でいなくなったため全部自分で覚えなければいけない。

頻繁に同じシステムを使う訳ではないのでなかなか覚えられず、その度に時間を取られて本来すべき仕事の時間がどんどん削られていく。そして覚えた頃には、別のシステムに切り替わっていくという悪循環・・・。

(上はそういうことを認識してシステム化を進めてるのか?)

そう憤っていると、同僚が話かけてきた。

「おい、聞いたか? また、新しいシステムが立ち上がるらしいぜ」

「・・・どんな?」

「なんでも、タブレットペンで手書きするんだってさ。昔あった依頼伝票の進化版らしい。しかも聞いて驚くなかれ。複写も再現されてて、掠れ具合を三段階で選べる機能付きなんだってよ」

「・・・・・・アホだな」

「全くだ」

やってられんわ、という身振りをした後、同僚は自分の机へと戻っていった。

なんだかどっと疲れが出てきたので、休憩所に向かいカップタイプのコーンポタージュを買う。
それを片手にふと外を見ると、きれいな夕陽がちょうど沈みかけていた。
その様子を眺め、彼はポツリと呟く。

「うちの会社のDXは、ダメ(D)バッテン(x)だな」

おしまい


この記事が参加している募集

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?