【長編小説】二人、江戸を翔ける! 1話目:始まり⑩(最後)
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。
■本文
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満月が煌々と輝く夜空の下を、男が少女を背負って黙々と歩いていた。周囲には誰もおらず静かな夜だった。
「なんだか、夢を見てるみたい」
おぶされていた凛は誰に聞かせるでもなく、ここ最近の出来事をポツリポツリと語り始めた。
父親がある日から突然居なくなったこと。
その一週間後に死体となって浜辺に打ち上げられたこと。
遺品を整理していた際に、襟元に縫い込まれた木片を見つけたこと。
父親の死後に誰かに尾けられたり、家が荒らされていたこと。
一人で色々と調べ回り、薬種店・越後屋の屋敷に忍び込んだこと。
見付かり追い回され、そして、
藤兵衛に出会ったこと。
「実はやり合ってる間に逃げようと思ってたんだよね。・・・でも、藤兵衛さんがあっという間に倒したもんだから、逃げそびれちゃって。あ、気を悪くしないでね。あんまり、喧嘩とか慣れてなさそうに見えたから」
「・・・・・・」
藤兵衛は黙って歩き続け、凛の話は続いていく。
「頼めば仇討ちを手伝ってくれるかもって思ったけど、それだといけない気がして・・・。 でもでも、もしかしたら万に一つはあるのかも、気付いてくれるかも、と思って文を重箱の底に入れたら、まさかホントに助けにきてくれるなんて。あぁ、この人はきっと神様が寄越してくれたのかな、お父ちゃんが連れてきてくれたのかなって思っちゃった」
そこまで言うと藤兵衛が口を挟んできた。
「・・・残念ながら、神様じゃあないな。あの男、吉佐が俺のことを何て呼んでたか聞いてたんだろ? 『白光鬼』だって」
「聞こえてたけど・・・ 間違いでしょ? だって、白光鬼ってもうこの世にはいないって・・・」
「本当だ。俺は、白光鬼だ」
藤兵衛の告白に凛は何も言えなかった。暫く沈黙が流れた後、
「・・・怖くは、ないのか?」
藤兵衛の呟きに、凛は反射的に声を出す。
「怖くはない・・・ 怖くなんてない!」
そこから凛は強く語った。
「・・・だって、助けに来てくれたんだよ? あいつらと戦ってる時なんて、鬼神かと思ったくらいだし。それに、白光鬼、だったんでしょ? 人は変わるって言うから。私にとって、藤兵衛さんは藤兵衛さんだから」
「・・・そうか。 だった、か・・・」
藤兵衛からは短い答えが返ってきただけだった。その後は二人とも押し黙ったまま、満月に照らされた道を歩き続けた。
やがていろはに到着すると、お梅婆さんが店の前に立っていた。
「そろそろ来る頃かと思ったけど随分早かったね。藤兵衛、ご苦労だったね。今夜はもう帰っていいよ。後はこっちでやっとくよ」
「わかった」
藤兵衛は短く返事をすると、凛を降ろしてそのまま帰っていく。
凛は呼び止めようとしたが、お梅婆さんがそれを止める。
「さて、言いたい事は山ほどあるけど、まずは無事だった、ってことで良しとするかい。今日は疲れただろう。もう休みな」
「あ、あの、お梅さん」
「なんだい?」
「とにかく、その・・・ ごめんなさい!」
凛がお辞儀をしながら言うと、お梅婆さんは軽くため息をつく。
「そう思うんなら、また明日から頑張って働いてもらうよ」
そう返し、お梅婆さんは店の隣にある自分の家に戻って行く。
凛はその後ろ姿に感謝の言葉をかけた後、自分の部屋へと戻るのであった。
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それから三日後の朝のこと。
藤兵衛は夢の中にいたが、物音と良い匂いで目を開けた。
するとなんという事でしょう! この前助けた少女、凛が家の中にいるではありませんか!
驚きのあまり、一気に目が覚めてしまった。
「あ、起こしちゃいました?」
そう言う凛は、勝手に入ってきたことなどまるで気にする事なく何か作業をしている。目を凝らして見ると、朝ご飯を作っているのがわかった。
この状況に思考が全くついていけない藤兵衛。とりあえず顔でも洗おうと井戸へ向かう。さっぱりして戻ると、
「朝ご飯作ったので、どうぞ」
と、凛がにこやかな笑顔をして勧めてきた。
断る理由も無いので藤兵衛は箸を取り、
「いただきます」
と、小さく言う。
食べていると凛が話しかけてきた。
「あの・・・ 食べながらでいいんだけど、聞いてください。実は私、藤兵衛さんの裏稼業を手伝う事にしました!」
突然の爆弾発言に藤兵衛は思わずむせてしまう。
「ちょっと、大丈夫?」
藤兵衛が落ち着いたところで、凛は続きを語る。
「あの後、藤兵衛さんのこと、お梅さんから聞きました。なんでも、過去の罪を償うために百の善行を行う誓いを立てたって。それでお梅さんから困っている人達の話を聞いて、手助けしてるんだって。で、聞いてて私も思ったの。恩返しの意味も込めて私も手伝いたいって。・・・今は身の回りの世話をするぐらいしか出来ないけど、そのうち役に立ってみせるから。だから・・・ お願いします!」
両手をきれいに前に揃え、凛は頭を下げる。
話を聞いていた藤兵衛は、ただ呆れるばかりだった。
何故なら凛の言ったことは藤兵衛も初めて聞く嘘八百の内容だったからだ。
呆然としていると、凛は顔を上げ思い出したように言ってきた。
「あ、それと。藤兵衛さんの内職の傘張り仕事ですけど、あれは私が管理監督することになりましたから。つまり、お梅さんの代役で、まあ上役みたいなもんです」
「へ?」
と、呆けた声を出してしまう藤兵衛。
この前助けた少女が、助手兼上司になったのだからそうなるのも無理はない。突然の話についていけずに箸を止める藤兵衛に対して、凛は、
「さぁさぁ、いっぱい食べて元気出して!」
と勧めてくる。
放心状態のまま、藤兵衛は凛が作った味噌汁をずずっと啜ってみる。
すると、ほどよく出汁の利いた温かい味噌汁が体の中に沁みわたっていく。
(そう言えば、あったかい味噌汁を飲んだのはいつ以来だろう。・・・ま、いいか)
こんな朝も悪くない、ととりあえずは流されるのであった。
これは東京がまだ江戸と呼ばれていた頃の、青年と少女による奇想天外なお話、の始まりです。
~始まり・完~ 次話へとつづく
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