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向いている労働

5月になり、タスマニアにも冬の足音が近づいてきた。朝晩は吐いた息が白くなるほど冷え込むし、日中も13度ぐらいまでしか上がらない。秋をすっ飛ばして冬になってしまったような気さえする。

季節が冬に変わるということは、こちらの寿司ビジネスにとっては閑散期の到来を意味する。

というのも、なぜかタスマニアの人々の多くは「寿司は夏に食べるもの」と考えているようで(冷たい状態で提供されるためらしい)、実際に各店舗の売上金額はその日の気温および天候とほぼ相関関係にある。
つまり、気温の高い夏や晴れの日は寿司が飛ぶように売れるし、寒い冬や雨の日は閑古鳥が鳴く、というわけである。まさか寿司が南半球では日本におけるカキ氷のような扱いを受けているとは、世の中知らないことばかりである。

さて、夫婦ともにホバートの寿司ビジネスに300%お世話になっている身としては、この閑散期の到来は留学のための貯金額に直結する死活問題である。なぜかと言うと、売上に応じてシフトが削られてしまうからだ。

私たちの働いている寿司屋は各営業日の人件費を売上金額の33%に収めることを目指しているそうなのだが、最低時給が日本の約2.5倍の国でそれを実現しようとするとなかなかハードルが高い。必然的に、「今日はお客さんがあまり来ないから悪いけど早めに帰ってくれる?」ということになるわけである。

夫が働いている店舗は、スタッフが減りに減った結果、現在最大人数3人で回している状態で、売上はさほど良くないもののもはやシフトを削る余裕もない。加えて、夫は最初オープンのシフトで雇われていたが、クローズのシフトの人の退職がタイミングよく重なったおかげで今はオープンからクローズまで通しで奇跡のロングシフトを獲得している。つまり、幸いなことに彼のシフトは冬の季節でもおそらく安泰と言える。

一方、私のシフトは不安定である。巻き寿司作りもフロントオブハウスも複数人で共有している業務のため、売上が伸びない日には削られてしまうリスクがある。

そしてついに昨日、午前中の巻き寿司作成シフトの入り時間を1時間遅らせて欲しいとの通達がされてしまった。

シフトが1時間短くなることについては、閑散期ということである程度納得はしているし、むしろその程度で済んで良かったと思っている。
問題は、その時にマネージャーから言われた「あなたはロール(巻き寿司作り)が壊滅的に遅いから…」という一言である。

あまり自分から言うものでもないが、自分は仕事が早いほうだと思っていた。

新卒入社した会社では見込み残業制度が採用されていたため、残業代を持ち逃げするべく可能な限り定時退社を心掛けていたということもあるが、通常業務に慣れてからは基本的には毎日時間内にやるべき仕事をこなして帰れていたし、同僚や上司から「仕事が遅い」と言われたことはなかった。

「仕事」と一口に言ってもその種類は様々で、自分が得意だと思っていたのはその中のほんの一部のパソコンワークである、という当たり前の事実に気がついていなかったのである。

思い返せば、1月に数日間だけ挑戦したチェリーピッキングでも、同じく初日のはずだった他の人よりも自分はかなり遅れをとっていた。「慣れていないからだ」とその時は思っていたが、そもそものポテンシャルの部分でかなりの差をつけられていたのかもしれない。

そういえば小学生の頃はよく周りから「あなたはマイペースだね」と言われていた。今思えばあれも「お前ちょっとトロイな」をオブラートに包みまくった結果の表現だったような気がしてきた。

「自分は単純作業の肉体労働が得意ではない」という事実に、27歳になってようやく気付くことになろうとは、本当にワーキングホリデーは思いがけない気づきを与えてくれるありがたい制度である。

自分のフィールドが肉体労働ではないと知ってしまった今、やっぱり知的労働をしながら生きていく覚悟を決めなくてはならない。

とはいえ、少なくとも残り2ヶ月半は今の肉体労働に縋りついていくしかないので、今日は昨日の反省を生かして朝から自分にできる限りのトップスピードで巻き寿司を作ったところ、今度はいつもより1時間半も早くノルマを達成してしまった。

「やっぱりこいつ今までサボってたんじゃないか…?」と疑惑が生じるレベルでパフォーマンスに差が出てしまったが、誓って今までも怠けていたわけではない。「自分は肉体労働が得意ではない」という気づきをベースに「だからこそなるべく急いで頑張ろう」というギアに切り替えたら思いの外上手くいったのである。

大人になるにつれ自分の苦手なことを受け入れるのはどんどん難しくなっていくが、自分の得手不得手を理解することで、上手く次の作戦が考えられることはある。

なるべく労働はしたくないが、生きていくためにある程度は避けられない。それならば、数ある中でも自分に向いている労働を、自分に向いているやり方で選び取っていけたらいいな、と思うに至った、今日この頃である。

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