読書記録_エレンディラ

『エレンディラ』 
ガルシア・マルケス著 
ちくま文庫

 子どもの頃、おとぎ話が好きだった。日本昔ばなし、ディズニーの絵本あたりから読み始めて、アンデルセン、ペロー、グリム童話まで。中沢新一の『カイエ・ソバージュ』で、シンデレラ型ストーリーの幅広さに感動した。たぶん、はじめて構造主義のものの見方と出会ったのがあのときだった。

 おとぎ話は、わたしにとっては失われてゆくものだ。何度も絵本をめくったことは覚えているのに、当時読んだ話の流れそのものは、ほとんど思い出せない。
 たとえば『竹取物語』を読んでからは、『かぐやひめ』がどんな流れだったかわからなくなってしまったように。『かぐや姫』では貴公子の求婚をどう退けたのか?大抵のおとぎ話は、その後に読んだ原典のようなものに上書きされてしまっている。

 『エレンディラ』はガルシア・マルケスによる、大人のための童話集と言われている。何らかの寓意があるのかもしれないし、ないかもしれない。よくわからない。この「よくわからなさ」、そしてわからないなりに、ファンタジーな情景が目に浮かぶのは、まさに初めておとぎ話に出会った時に感じたことだったように思う。
 カリブ海だとか、ラテンアメリカの生活に馴染みがないから、日常の風景の描写なのか、あるいは「天使」のようなイメージの描写なのかすらわからないのだ。

雨が降り出して三日目、家のなかで殺した蟹の山のような死骸の始末に困って、ベラーヨは水びたしの中庭を越え、浜へ捨てに出かけた。

エレンディラ_大きな翼のある、ひどく年取った男 

 冒頭から、日本人には馴染みのない光景が描かれる。家でカニの大量発生。収録されているほかの短編でも同様である。舞台は、浜辺、海、崖、砂漠、とさまざま。
 不思議な世界なのに、イメージできてしまうのは、情景の描写と、登場人物の行動についての記述がほとんどだからだと思う。心理描写は少なく、情景や言動から読み取れる。とにかく素直に、その世界で見えるものが描かれているのが、この短編集の魅力と感じた。

水中の事物ら自ら発する光でぼんやり光っていた。水没した村の前を通ると、音楽堂のまわりを木馬に乗った男女がぐるぐる回っていた。天気のよい日で、テラスには色鮮やかな花が咲き乱れていた。

エレンディラ_失われた時の海


 表題作の「エレンディラ」をはじめ、女性の扱いは相当酷い。女性の、というよりも、愚かなものの、とされているような気はする。女性に限らず、人間を愚かなものと描いているのだろうけれど、それにしても…。女性で愚かなものとして描かれていないのは、「失われた時の海」のヤコブ老人の妻と、「この世でいちばん美しい水死人」の女性達だけだと思う。古い作品だし、「残酷な童話」だから仕方ないのだろうけど、そういう読みにくさは感じた。


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