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星空と松尾芭蕉。「銀河ノ序(ぎんがのじょ)」現代語訳

「おくのほそ道」では、「暑さと雨のつらさで神経をすり減らし、病気になったので何も書き留めなかった」として、縦断した越後国(えちごのくに・新潟県)の記述が大幅に省略されていました。

でも、越後の出雲崎(いずもざき)を旅したときのことを、芭蕉は「銀河ノ序」という文にまとめていました。「おくのほそ道」の記述を補うものとしても読めますので、以下に現代語訳してご紹介します。

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北陸道を旅して、越後国の出雲崎というところに泊まる。

あの佐渡島は、海上18里(70キロメートルほど)、青い波を隔てた先に、東西35里(140キロメートル弱)の長さで横たわっている。とはいっても、峰の険しさから谷の隅々まで、この出雲崎からは手に取るようにはっきりと眺めることができる。

この島は黄金をたくさん産出し、広くこの国の宝となったのだから、どう考えてもこの上なくめでたい島である。それなのに、大罪を犯したり朝廷に背いたりしたとしてこの島に流罪になった人たちがいたことから、佐渡島はただ恐ろしい島だと言われてしまっている。

残念なことだと思いながら、宿の窓を押し開いて、しばらく旅のものさびしさを癒やそうとすると、日はすでに海に沈み、月はわずかに暗く、銀河は空の中ほどにかかって、星はきらきらと澄んではっきりと見えている。そのうえ沖の方から波の音がたびたびこちらへわたってきて、魂が削られるようで、はらわたがちぎれるほどやたらと悲しみに襲われた。眠れない旅の夜となり、墨染めの衣(僧が着る服)の袂(たもと)がわけもなく、しぼれるほど涙で濡れてしまったのだった。

〈あら海や佐渡に横たふあまの川〉あらうみやさどによこたうあまのがわ
(海は荒れている。その向こうに見える佐渡島の上に天の河が横たわっている)

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「銀河ノ序」というタイトルを芭蕉がつけたかどうかは不明です。越後を旅していたとき、または「あら海や」の句を詠んだときの芭蕉の心境をうかがえるものとして興味深いです。
「きらきら」は、芭蕉の表現のままです。

(本文は『松尾芭蕉集2(日本古典文学全集71)』小学館1997を使用しています(『風俗文選』所収)。記して感謝申し上げます)


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