どうしてゴールドマンを辞めた僕が、漫画「ドラゴン桜」の製作を手伝ったのか?
この度、ダイヤモンド社から本を出版する。
『お金のむこうに人がいる』―元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識のいらない経済新入門―
タイトルと、それに続くサブタイトルの不協和音が半端ない。
「お金のむこうに人がいる」なんて道徳的なタイトルの本を、サブタイトルで言っているように資本主義ど真ん中のゴールドマンで働いていた僕が書くことに尋常じゃない違和感を覚える人は多いんじゃないだろうか?
なんて声が聞こえてきそうだ。
でも、これは道徳の話ではない。
お金と経済をとことん突き詰めて考えて書いた本だ。
自己紹介に変えて、今回はこの本を書くことになった経緯を話させてほしい。
会社を辞めて、やりたいことを見つけた。
2年前、会社を辞めた。
16年間働いたゴールドマン・サックスという会社では、日本国債や金利デリバティブという商品のトレーディングをしていた。毎日、数千億円、数兆円の取引をする。判断を間違えれば、もちろん会社は損失を被る。相手は日本の銀行だったり、世界中のヘッジファンドだったり。気が休まる時はない。
だけど、エネルギーが切れた。いろんなストレスに押し潰された。金融市場の緊張感。収益へのプレッシャー。社内の人間関係。そこまでストレスを感じて、この仕事を続けることにどんな意味があるのか。
僕は逃げることにした。
会社を辞めた。
気力を失い、家で過ごしていた。
ある日、そんな僕に見かねた友人が、ランチに誘ってくれた。
食事中の彼の何気ないひとことから、全てが始まった。
実現可能性が低いのがわかっていたから、誰にも話したことのなかった夢があった。
本を書くことだ。
ゴールドマン時代に僕が扱っていたのは、金利。お金そのものが商品だった。
毎日、お金と向き合って、お金とは何か、経済とは何かをとことん考えていた。
その中で、一つの仮説が生まれた。
僕たちが経済を捉えるときに大事なことを見落としているんじゃないか、それを見つめ直せば経済は良くなるのではないかと。
それを多くの人に伝えたかった。
だけど、文章なんて書けるわけがないと思いながら、おそるおそる言葉にして押し出した。
「経済の本を書きたいんだよね」
いつだろうか、文章を書くことは自分には向いてないと思ったのは。
そうだ、小学校3年生のときの読書感想文のときだ。そのとき読んだ本が「徳川家康」だったことを思い出していると、目の前の友人から意外な返事があった。
VS佐渡島さん。
佐渡島庸平さんという人を、これを読んでいる人はご存知だろうか。
その時、僕は知らなかった。
だけど、手元のスマホで検索すると、かなり有名だということが分かった。
「宇宙兄弟」や「ドラゴン桜」の漫画を生み出しただけでなく、芥川賞作家の平野啓一郎さんの本も手がけている。さらに、出版社の中に埋め込まれていた編集者の機能を切り出して、作家に寄り添うという新しいスタイルを確立させた人らしい。
そんな人と会ってみれば、何かが起きるかもしれない。ためらう理由などない。
「ぜひ紹介して」
とりあえず、一つ目のドミノを倒してみることにした。二つ目のドミノがすぐ隣にある保証はないのだけれど。
友達の紹介だからすぐに会えるかと思って、直近1週間の空いてる時間を伝えた。しかし、彼の秘書さんに指定されたのは1ヶ月以上先の30分。その30分以外は時間が取れないとのことだった。
相当忙しい人らしい。友達の紹介の軽いノリで会おうとしていたことを恥じた。
とにかく30分に全てを賭けないといけない。
会う日まで時間は十分ある。万全の準備をした。
自分が伝えるべきことを10分で的確に伝わるように資料としてまとめることはもちろん、彼の著作物、2冊の書籍からnoteの投稿まで、全てに目を通した。
そして、決戦の日。会ったのは、彼の経営する会社、コルクのオフィス。数分遅れで現れた佐渡島さんは、予想とは違ってにこやかだった。
着席して、簡単な自己紹介をした後に、彼はこう続けた。
にこやかな表情で発せられる言葉だから、余計に破壊力がある。
だけど、今更引き下がれない。
僕が書きたいと思っている経済の話について無我夢中でプレゼンをする。久しぶりに変な汗が出た。
ここで、彼に興味を持ってもらえなければ、出版界から永久追放されるような気がしたのだ。
僕の話が終わると、彼は資料に目を通しながらこういった。
血の気が引いた。
しかし、続きがあった。
YESではないけどNOでもないようだ。本の出版につながる唯一の橋が、崩れずに済んだ。
だけど、この先一度でもNOが出れば、この橋は崩れてしまうくらい脆い橋なのは間違いない。
「また、連絡しますよ」と言われて、名刺を渡された。
こういうときの「また」はいつになるのか当てにならない。永遠に来ないかもしれない、と思っていたが、「また」がやってきたのは次の日の晩だった。
教科書を書いて、ドラゴン桜を手伝うことに。
二つ目のドミノは、教科書を書く手伝いをすることだった。
2022年から高校の必修科目に加わる「公共」という新教科では、法律や経済、国際社会などを総合的に学ぶ。
佐渡島さんがその編集に携わっていた。多岐にわたる専門家が必要な科目だが、経済の市場について詳しい人がいないということで、ちょうど僕に白羽の矢がたった。
佐渡島さんの言葉はいつも意味がわからない。教科書なんて、練習台じゃないだろ。最終形だろ。とツッコミたくなる。
3ヶ月間、社会科系の本に埋もれながら、ずっと文章を書き続けた。3行書いては2行消す。全部消すこともあった。
人と会うこともほとんどない仕事だし、お金ももらわないから、精神的に気が楽だった。
何よりも僕はラッキーだった。
佐渡島さんにしてみれば、変な文章を教科書として世に出すわけにはいかないから、手取り足取り指導してくれた。文法的な問題などの細かい指摘から、話に引き込ませるための読者の視点の作り方まで、なんでも教えてもらえた。
教科書を書き終えた後は、すぐに3つ目のドミノを佐渡島さんが置いてくれた。
もちろん、ドミノを倒す以外の選択肢はない。
文章で人に伝えるために必要なのは具体と抽象を繰り返すこと。それが一番上手なのが、漫画家の先生と言うことらしい。
家の外に出て、定期的に会議に参加するなんて、ほぼ1年ぶりだった。週一回だから、リハビリにはちょうど良い。
一週間かけて、次の話に必要な資料を用意する。
先生の自宅で開かれる会議で発表する。帰りの車の中で佐渡島さんにダメ出しをしてもらう。この繰り返し。
それがこんな漫画になった。
特にドラゴン桜2の135巻目で投資家に対して桜木先生が契約書を渡すというフェイズがあったのだが、ここについては元金利トレーダーとしてお手伝いできたと自負している。
佐渡島さんは超忙しい人だから、三田先生の事務所での打ち合わせ以外で、顔を合わすときがない。普通なら、作った資料に対してフィードバックはもらえない。だから、打ち合わせのときは、三田先生の事務所までの車での送迎を買って出た。ダメ出しをしてもらうために。
そんな生活が1年くらい続いた頃に、お金と経済の話をnoteに載せたらどうかと佐渡島さんに言われた。noteに書く話を10話書き溜めてから、1話ずつ連載していきましょうという提案だった。
しかし、その話をnoteに載せることはなかった。
7話くらいまで書いたときに、彼の中で書籍化できそうだという目算がたったようだ。
4つ目のドミノが置かれた。いや、もうドミノではなかった。
僕が本を書きたいという想いに佐渡島さんの想いが乗っかり、ドミノはバトンになっていた。彼はバトンを受け取る人を探してビジネス書の編集者を探してくれた。
そして。
そして、受け取ってくれたのが、ダイヤモンド社の編集者の今野さんだった。
自由が丘の喫茶店で初めて会ったとき、資格と動機の二つを聞かれた。
僕にこの本を書く資格があるのか、そしてその動機に共感できるか。受け取るに値するバトンかどうかをじっくり吟味するところに今野さんの誠実さを感じた。
喫茶店を出る前に、しっかりと握手をした。
そして、バトンに、今野さんの想いが乗った。
9ヶ月経って、バトンは一冊の本になった。
多くの人にこの本の存在を知ってもらうために、本を出版するタイミングでnoteを始めることにした。
ゴールドマンサックスを退社して金融以外の業界に進む人は、たくさんいる。だけど、こんな貴重な経験ができたのは僕くらいじゃないかと思う。漫画家の先生のお手伝いをしたり、編集者の送迎をしたりすることで、想いを伝える術を学ぶことができた。
そして、本を出版することができた。
目標を決めて突き進んでいけば、なんとかなるもんだ。
自力でたどり着いたなんては、思っていない。多くの人とのご縁があったからだ。関わった多くの人とのご縁を生かしながら、僕はただ「道を選んできた」だけだ。
0.1パーセントの可能性があれば、実現可能だといつも思っている。
人生は選択の連続だ。右に行くか左に行くかで、2つの未来がある。その先も、また道は2つに別れている。2回の選択でたどりつく未来は4通り。3回の選択だと8通り。10回選択をすると、1000通りの未来が待っている。
どこにたどり着くかは、それぞれ0.1パーセントだ。言い方を変えると、たった10回選択を間違えなければ、0.1パーセントの未来が実現する。
この言葉を聞いたとき、本を出版できる可能性は0.1パーセントはあるだろうと思った。だから、紹介してもらう道を選んだ。
そして、今、この地点にいる。きっとこの先も、どの道を選ぶかで人生は変わっていく。
これからどんなご縁ができて、どんな風景の道を歩くのか。
それをnoteに書き記していきたいと思う。
(追記)
この話の続きを書きました
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