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【置かあば】ができるまで③〜すったもんだの原稿作業〜


スケジュール表をいただいてからは書き下ろしのエッセイを考えたり、加筆修正用の原稿を見返したりと余裕しゃくしゃくの日々を過ごしていた。なんせ春先から夏にかけて時間がある。これが私の最大の安心となり、最悪の慢心に繋がった。

大谷さんが本の構成順にWordデータ化した私のエッセイたちを送ってくれた。今まで好き勝手に書いてきたエッセイが1冊の本になる。構成上書いてきた順番ではなく、本として違和感なく読める順番になっている為、執筆したエッセイの時系列も前後する。説明が重複するところがあったり、逆に足りないところがあったりするので、何度も読み返して違和感を探した。

ゲシュタルト崩壊という言葉があるように、この作業をひたすら繰り返していくと何がおもしろいエッセイなのかが分からなくなってくる。
頭の中では常にもう1人の自分が

『これでいいのか?』『本当に面白いのか?』『こんな表現で伝わるのか?』

と囁いてくる。それに対して

「うるせー!これでいいんじゃい!」

と言い返す自信も度胸も、この時の私には無かった。
一度自分の中で完成という引導を渡した原稿に修正を加える作業がこんなにも難しいとは。パソコンの前で頭を抱えている間に、たっぷりあったはずの時間がみるみる無くなっていく。

でも大丈夫、まだ締切まで時間がある。だから大丈夫。絶対に間に合わせるし、なんなら早く提出する。だってこんなに時間をもらっているんだから。

そして迎えた6月。締切まで残り2ヶ月という時に人生の大きな転機が訪れた。
定期的に通院していた病院に行き、主治医から一枚の紙を渡される。

「おめでとうございます、妊娠されていますよ」

結婚してからの5年のうち、3年間続けていた不妊治療。長い時間と費用を投じるものの、うまくいかないことの連続で心折れかけていた時だった。これから本の作業も本腰を入れる段階に入る。今後は夫婦2人きりの生活になることも見越してエッセイを頑張っていこうと、noteのメンバーシップまで立ち上げた。
そんなタイミングでやってきてくれた我が子に、到底言葉にできない喜びは大前提の上で、良くも悪くも人生は思い通りにならないことを思い知らされる。

(センシティブな面を含むので妊娠中の思いや不妊治療ついてはメンバーシップ限定で公開しているためここでは割愛する)

その後まもなく妊娠中の不調の代表であるつわりが私の元にも訪れ、1日の半分以上を布団の中で過ごす生活が始まった。私のつわりの程度は普通に暮らす分にはそこまでひどくない方に分類されるかもしれないが、頭が冴えている時間がほんのわずかとなってしまった為に執筆作業には大打撃を与えた。

大谷さんに申し訳ないと思いつつ、現状を打ち明けると「スケジュールはいくらでも調整できるので、お身体を第一優先されてください!」とお返事をいただき、スマホを握りしめて布団で泣いた。この時はありがたさと申し訳なさと、つわりのしんどさとまだまだ豆粒のようにちいさい我が子への心配と、全部が重なって止まらなかった。

上手くいかないもどかしさを、せっかくやってきてくれた我が子のせいにはしたくない。つわり中も体調の良いわずかな時間を見つけては布団から這い出し、シコシコと原稿を進め、締切から1ヶ月遅れで提出した。今改めて思い返しても、人生の中でトップクラスに濃い数ヶ月だった。

散々私の頭を悩ませた答えのない加筆修正。これでいいのかと不安なまま大谷さんに手渡した原稿は、沢山の道標と共に返ってきた。原稿の端々に隠した私の迷いを見逃さず、もっと良くするための助言がびっしり詰まっている。1人で進めていた時はあんなに苦痛だった加筆修正だったが、大谷さんに指摘をもらい返ってきた原稿は宝の地図のように見えた。私が辿るべき道が、考える手段が、そこにはあった。

つわりの不調も日を追うごとに徐々に薄れ、原稿に費やす時間も長く取れるようになった。宝の地図を手にしてからというもの、ぐんぐん筆が進んでいく。私のくだらないエッセイに入る大谷さんの真面目な指摘に思わず吹き出しながら、『こんな赤字を入れられる著者は私くらいだろうな』と、今後の大谷さんの編集者人生を憂いた。

【一例】お尻好きを匂わせる というパワーワード


ご迷惑をお掛けしまくりの原稿作業が進み、ついに大谷さんの口から待ちに待ったあの話が持ち上がった。

「装丁周りの件ですが……」



──その④に続く

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