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【置かあば】ができるまで④〜装丁とタイトル〜


つわりも落ち着き、原稿を進められるようになってから、再び大谷さんと直接打ち合わせする機会が叶った。いよいよ待ちに待った装丁の話し合いである。無名の一般人が本を出すのだ。本屋で名の知れた作家さん方のそれと隣に並んだ際、私のことを知らない方の手に取っていただけるかどうかは装丁の力に縋る他ない。

大谷さんが数名候補に挙げてくださったデザイナーさんは、どなたも本屋で見かけたことのある装丁を担当されている方ばかりだった。「もしご縁があれば…」とお願いをし、快諾してくださったのがデザイナーの脇田あすかさんである。

脇田さんとの初めての打ち合わせはzoomで行うことになった。
オンラインとはいえ、今をときめくプロのデザイナーさんというオシャレ界のトップオブオシャレさんにお目にかかる緊張感たるや、とても言い表せたものではない。つい最近までゲロ吐き三昧で便器を覗き込んでいた人間には刺激が強すぎる場である。せめて身だしなみだけでも整えようと、財布を握りしめて美容院に駆け込んだ。

打ち合わせ当日。『第一印象でしくじらないよう、ちゃんとご挨拶をするんだ』とカンペまで用意したにも関わらず、zoomの画面越しに映る脇田さんと大谷さんを前に全てが吹き飛び、挙動不審のピグレットになる私。しどろもどろになっていると、大谷さんが打ち合わせの指揮を取り話を進めてくれた。

脇田さんから質問が上がる。

「潮井さんは本の表紙についてどんなイメージをされていますか?」

私は『これだけは』という要望が一つだけあったので、その気持ちを正直に伝えた。

「手に取った方が自由に想像したり、感想を持ったりできるように、なるべく明確な印象を与えない表紙にしたい」

収録されているエッセイは話によって温度差が激しいので、どちらの温度感を表紙に反映させるべきかが私の悩みだった。だから喜怒哀楽のどうとでも取れる、印象を読者さんに委ねられる、そんな表紙にしてもらえたらという旨を話した。

脇田さんは私の辿々しい話に真剣に耳を傾け、その温度感を装丁という形にするための提案をいくつか挙げてくださった。無責任に丸投げしようという訳ではないが、私には餅は餅屋の精神がある。自分の思いを全てお渡しできたら、後は脇田さんの感性にお任せしようと思っていた。自分の頭の中にあるぼんやりとしたイメージなんて、井の中の蛙のそれである。話をする中で、脇田さんを信頼して委ねた方がきっといいものになる。そう思った。

この時点ではまだタイトルが決まってなかったので、デザインを詰めるのはその後という話になり、打ち合わせを終えた。

装丁の話が進み、名前をつけるという段階になったところでいよいよ本になる実感が湧いたが、このタイトル決めはかなり難航した。全然思い浮かばないのである。同時期に考えていた我が子の名前は5分で決まったというのに、本のタイトルだけは全くいい案が浮かばなかった。大谷さんともメールやLINEで何度もやり取りをし、電話でも打ち合わせ、2人で頭を抱えた。装丁作業の為にも早く決めなければというプレッシャーが、更に判断を迷わせる。

『手に取った方が、自由に感想を抱ける本になりますように』

私の唯一のこだわりは、自分の首を絞めることになる。
【置かれた場所であばれたい】は大谷さんが挙げた案の中にあった。大谷さんもさぞ悩んだことだろう。他には【尻滅裂】や【ぷりぷり】といった、頭の中が小2のまま止まっている私の精神年齢に寄り添った案もあった。こんなことを言える立場ではないが、この案を目にした時『私の担当編集になるって大変なんだな』と大谷さんに心から同情した。

「置かれた場所であばれたい、なんだか私のバイブスと合います」

大谷さんにはそう返事をして、その他いくつかの候補と共に社内の会議にかけられることになった。

タイトル会議後、大谷さんから電話があった。

「満場一致で【置かれた場所であばれたい】がいい、という判断になりました!」

その途端、今までぼんやりしていた本の輪郭が主線で縁取られたかのように鮮明に見えた。
置かれた場所であばれたい。置かあば。いい名前だ。そうか、この本は【置かれた場所であばれたい】という名前の本だったんだ。
名前が決まると、それまで迷いのあった細部が一気に固まり始めた。命名してもらった、というよりは私のエッセイの中から取り出してもらったような、そんな不思議な気持ちである。だからきっとこの本は、最初から【置かれた場所であばれたい】だったのだ。

タイトルが決まったことで、ようやく装丁の作業が本格的に進み始めた。
タイトルが決まってから脇田さんが表紙イラストにイラストレーターの大津萌乃さんを推薦して下さった。それ以降、装丁の作業は脇田さん、大津さん、そして編集の大谷さんを信用して全てお任せしていた。

完成したイラストと装丁のデザインを初めて見た時、タイトルが決まったあの瞬間と同じように『取り出してもらった』という感想が湧いて出た。
私の無茶な要望を繊細なバランスで汲み取り、大津萌乃さんという素晴らしいイラストレーターさんとタッグを組んで叶えて下さった脇田さん。これを見てしまった以上は、今から他のイラストやデザインになるなんて考えられないくらいに、イメージにピッタリとハマった。
名前にデザインにイラスト。その道のプロの方々によってどんどん形取られていく本は、これ以上ない晴れ着を着せてもらった我が子のように感じられるようになった。


この晴れ着に恥じない中身にしてあげられるのは私だけである。いよいよ原稿作業は大詰め。送られてきた原稿の束を前に、赤ペンを握りしめた。



──その⑤(最終話)に続く

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