251.妊娠中絶とピル
「それは女性の権利なのです。女性の体のことであり、女性の選択なのです」
このように大統領は信じていますと述べたのは、ひと月前の2021年9月2日、妊娠中絶に関する米国テキサス州の州法を巡る報道記者会見でのホワイトハウスのジェン・サキ報道官でした。
「バイデン大統領は、自身のカトリックの信仰で中絶は道徳的に間違っていると教えているのに、なぜ中絶を支持するのか」という質問に対して答えたものでした。
さらに彼女は、質問した男性レポーターに次のように次のように答えました。
「このような決断をするのは女性なのです。主治医と共に決断するのは女性なのです。(男性の)あなたはこのような問題に直面したことはないし、妊娠したこともないでしょうけれど、この選択を迫られた女性にとっては、計り知れないほど困難なことなのです。大統領はこの権利は尊重されなくてはならないと信じています」
この記者会見でのサキ報道官の毅然とした態度は話題になりました。映像と英語版の記事はこちらです→USATODAY 2021年9月2日の配信記事
尚、翻訳記事はこちらをご参照ください→ハフポスト日本版2021年09月03日の配信記事。
◇ ◇ ◇
妊娠中絶に関して「決めるのは女性なのだ」と信念を表明した米国大統領並びに、それを言明したサキ報道官に私は心より賛同します。妊娠・出産するのは女性なのですから。
私はかねがね、若い女性が一人でアパートや出先のトイレなどでひとりで出産し、殺人・死体遺棄で逮捕され、実刑判決を受けるという報道に接するたびに、妊娠出産の全責任が女性一人に押しつけられ、赤ちゃんの父親である男性の責任が一切問われることがないという現行の制度は見直す必要があると感じてきました。
さらに、女性ひとりが全責任を負わざるを得ない状況にあるにも関わらず、望まない妊娠を防ぐための避妊が、日本では長年男性主導になってきたことにずっと問題意識を持ち続けてきました。
◇ ◇ ◇
今から22年前の1999年6月、全国紙の朝刊は一斉に「低用量ピル解禁」を報じました。私は40歳になる直前でした。
毎日新聞の一面は次のように報じました。
さらに6月4日、毎日新聞は社説で次のように述べました。
私は、低容量ピルが解禁されたこの時のことをよく覚えています。なんだか色々な点で腑に落ちないと感じたからです。
エイズを始めとする性感染症予防に、ピルは無力だから承認が遅れたと言われていましたが、私は、最も性交渉が頻繁に行われるのは夫婦間であるのに、なぜ性感染症予防が遅延の理由になるのか理解できませんでした。戦前生まれの世代では、十人兄弟など少しも珍しくはありませんでした。
もう2〜3人子どもがいるから避妊したいというような夫婦間でなら性感染症は問題になりません。時々若年層の妊娠が事件として報道されたり、不貞行為などの婚外性交渉が話題になりますが、それはニュースになるようなことだから報道されたり話題になるのであって、夫婦間の性交渉が最も多いだろうに、なぜ性感染症予防を理由に承認を遅らせるのだろうかと疑問に感じていました。
なんだか日本では不特定多数の人と性交渉をするということが大前提となっているのですかと問いたくなるような理由で、他国に比べて何十年も承認が遅れるというのは理解できませんでした。
いずれにしろ医師の処方箋が必要であるならば、夫婦間で使用するなどの条件をつけてでも、もっと早期に承認することは可能だったのではないかと私は感じていました。
最近では、少子化、不妊治療が話題になりがちですが、米国で承認された1960年から1999年までの40年間では、少子化よりも妊娠中絶、避妊の方が大きな問題でした。上記の毎日新聞社説の中で人工妊娠中絶の件数は届け出だけで34万件とありますが、1990年代の年間の出生数は約120万人です。
米国で承認された1960年の場合で言えば、人工妊娠中絶件数は内閣府のデータによれば106万件であり、出生数は160万人でした。いかに妊娠中絶が多かったのかがわかります。中絶による心身ともに母体への負担は相当なものです。尚、最近のデータ、2014年のデータでは、中絶件数は18万件であり、出生数は約100万人です。(データは内閣府 男女共同参画局より)
国連加盟国の中で日本だけが未承認だったというほど、日本の男性の多くは妻に人工妊娠中絶をさせないようにとは考えなかったのかと、当時私はとても不思議に思っていました。
◇ ◇ ◇
ところでこの時のことをよく覚えている最大の理由は、実は、当時自宅で購読していた朝日新聞の社説が、私にとって忘れられないほど衝撃的だったからです。毎日新聞と同じように朝日新聞も社説でピルの承認について述べていました。それは次のような内容でした。
ツッコミどころ満載で、どこから突っ込んで良いのかわからないほどですが、まずピルの承認で「女性の自覚が大切だ」とタイトルをつけたことに驚きました。これまで避妊が男性主体だったのに対し、ようやくピルが解禁されて女性も望まない妊娠や出産を主体的に防ぐことができるようになったという時、なぜ女性の自覚が求められるのか不思議でなりませんでした。
これまで女性が「気の進まない時や心配な時にも」、望まない妊娠をさせ、出産をさせてきた男性の自覚については、問わなくては良いのかと言いたくもなりました。
「国内のエイズウイルス(HIV)感染者は、男性の増加が目立つ」というのと女性の自覚との関連も不明です。男性が性感染症を防ぎたいのならば、それは男性自身がコンドームを使用すれば良いことです。
「『セックスを断って彼に嫌われたくなかった』『避妊して、といえなかった』と振り返る女性が少なくない。避妊の種類が豊かになっても、性のあり方を自分で決められなくては何も変わらない」という文章に至っては、身勝手な男性を責める材料になりはすれども、どうしてこのような結論が導き出されるのか摩訶不思議としか言いようがありません。
避妊の種類が豊かになることによって、女性が主体的に望まない妊娠・出産を回避できるようになったことは、「何も変わらない」どころか、大きな変化をもたらすものだと言えるでしょう。
20年間、私の心の中でくすぶり続けていた思いを、今ようやく言葉にすることができました。
◇ ◇ ◇
ところが、サキ報道官のニュースからしばらくした9月25日、翌日の「世界避妊デー」を前に、NHKが日本の避妊の現状について報道したのを観て、私は驚きました。(参考:NHKニュース)
それは、未だに日本では避妊の方法は75%が男性用コンドームであり、経口避妊薬(ピル)は6%、子宮内避妊具は1%だというのです。一方欧米では、第一位がピルで31%、続いて男性用コンドームが25%、さらに子宮内避妊具14%となっていました。日本のピル使用率はわずか6%で、欧米の31%に比べて五分の一に過ぎないというのは驚きでした。
夜7時のニュースで紹介されたのですが、番組によれば、英国では日本より約40年早くピルが承認され処方箋があれば誰もが無料で入手可能であることや、フランスでは25歳までの女性を対象に、来年から全ての避妊薬を無償にすることが今月発表されたと報じられていました。
低容量ピルは、避妊目的のみならず、生理痛や、生理不順、月経困難症、月経前症候群(PMS)などにも効果的です。日本ではピルの無償化は議論にすらなっていないようですが、このような報道を通して、ピルがもっと身近な存在になっていけば良いと願っています。
なぜなら、妊娠、避妊、中絶などは、女性の権利なのです。女性の体のことであり、女性の選択だからです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?