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小湊湾を見下ろす別荘|林邸 1980

もう100回を超えてしまった。漠然と100作品と考えていたのだが、こうして100回を終えてみると、懐かしい思いだけではなく辛くもなってくる。そもそも最初からちゃんと代表作100点を選んではいない。実に非計画的にフッと思い出したものを拾っている。一つずつが命を賭けた仕事だったのだし、一人ひとりのクライアントとは真剣勝負だった。それなのに、その後、このたくさんの人たちと交友が続いているわけではない。

人間関係って、寂しいものだね・・・、と思いながら今更感謝の気持ちを拭えない。ありがとう、をいっぱい言いたいと思うのだが、どうなさっているのか、もうお目に掛からなくなって長い日々が過ぎている。その人にとっても、僕にとっても貴重なあの日々だったに違いないのだが、時間は容赦なく通り過ぎていく。

そして、たくさんの思いとそのうえ、たくさんの思想を僕の体内に残している。こうして、今もたくさんの仕事をしているのだが、全て、この過去の
出会いや想いが僕の思想を培って今日の僕がある。建築家としての僕のたくさんの仕事、作品たちはそれぞれが作品なのだが、その全部が大きな作品群になっていてそれが僕の作品なのだろう。

夫々、異なった状況が生み出したのだけれど、大きな見えないつながりが背後にある。人生の小さな出来事の群れが僕という人間の人生を形成しているように、一つずつの行いこそが大切なのだ。そう考えると一つずつが愛おしくなる。

ファッションの「イタリア」の専務さんだった林さんがこの別荘のクライアントである。当時、僕は「美とはカタストロフィの瞬間に現れる」と主張していた。その時代の代表作と言ってもいいだろう。グリッドに複数の破綻を表現して、その思想の象徴としてファサードを描いている。

この別荘のバルコニーの設計に発想した「手すりのないバルコニー」のアイディアをつい最近中国で完成させた「芸術庭園」でも展開している。要するに、室内から手すりを見せたくないのだ、手すりがないと危険なのだが見えないくする工夫を見つけたのがここだった。こうして、小さい工夫がずっと後になっても生かされている。どこか一つずつが繋がっているのだ。

小湊湾を見下ろす美しい風景の別荘なのだが、その後、その崖下の海に接した敷地にもう一つの別荘を作っている。なぜか、撮影をしていない。確か、本来は建築できない場所だったからだった気がする。最近、ある小説家が「僕が著作している場所、小湊湾の黒川さんの設計した別荘だよ」と言っていた。ちょっと嬉しい気持ちになる。僕の空間が小説の創作に力になっているのは嬉しい。


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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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