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牧草地の建築|ユニ東武ゴルフクラブ、クラブハウス 1993

北海道の由仁にゴルフ場ができる。そのクラブハウスを僕が設計することになった。雄大なスロープの牧草が波打っている。こんな美しい風景はそのままにしたいと思うのだがそうもいかない。どんな建築にするか、それはその敷地に立って考え始める。考えると言うより感じ始めると言ったほうがいいだろう。

できる限り目立たない施設にするしか方法がない。対決してはこの土地の持つ魅力が壊れてしまう。長い時間が作り上げた風土には頭を垂れるしか方法がない。これは単に自然の美しさではない、時間が、風が、太陽が醸し出した仕事なのだ。長い時間が歴史が作り上げたものに僕が太刀打ちできるはずがないのだ。

穏やかな大屋根の主建築と土と雑草に埋もれるキャディーハウス。風呂は地下室の位置なのだがうねる大地から顔をだしているから地下室には見えない。エントランスを入ったところ、真っ直ぐな位置に大きめな池がある。左右にレストランに向かう廊下があるから閉じられた中庭なのだがそのすべてが池になっている。池の水面とガラスの手前の床はまるで一つの床のようにつながっている。ガラスを隔ててはいるのだがガラス一枚でつながっているのだ、しかも、水面と床の高さが同じだからガラスがなければ間違えて池の上を歩いてしまう、そんな設計である。

池は鏡面のように静かだろうとイメージしていたのだが完成してみると牧草地を吹く風が池に巻き込まれて池にさざなみをつくっている。こちらの思いとちょっと違う結果をみながらまるで風や水と対話をしている感覚でいる。そのうち人々が訪れると人と建築の対話が聞こえてくる。思っていたように建築が人を裁いているか、プレーヤーの一日のここでの生活が、気持ちがどう誘導されているかを観察してみる。建築家の悦びの一つである。

人である建築家が設計をするのだが、どうもむしろ編集するという方がいいように思う。敷地のもつ記憶に耳を傾けてその先を僕が誘導している。ゴルファーの心の動きを予測しながら誘導しようとしている。風や太陽の挙動を受け止めて空間がどのように反応するかを予測している。かっての棟梁たちは樹木に自然が濃縮された霊魂を感じてまるで樹林のような書院造をつくっている。建築は自然が人の手によってそっと姿を変えただけのような建築である。僕もそれをやっているのかも知れない。風の意見を聴いている。大地の言葉を聴いている。人々の呼吸に耳を傾けている。僕自身も風になっているかのように建築を誘導している。けっして建築と自然を融合させているのではない。こちらが聞き耳をたてている。

実はプロダクトのデザインも同じだと感じている。素材や生きものである人間の行為に、動作に聞き耳を立てている。僕はそっとそれらを誘導しているだけなのだ。創っているのではないな、と思う。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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