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書院造を形鋼でつくる|佐伯邸 2003

100☓100ミリの細いH形鋼で、それをまるでヒノキの木材に見立てて書院造の空間を再現している。見立てるといっても構造は全く鉄骨の構造として合理的に設計しているからブレースだってあるし、木造とは異なる大きなスパンで内部が広々とつくることができる。外壁は工場用に開発された両面に鉄板をはって断熱材を内部にもつ複合材である。それだけで相当大きな断熱ができるから壁は僅か60ミリの厚さである。

日本の書院造はある意味正統派の日本の文化である。樹木に対する棟梁の深い想いは大自然を象徴化する魂として捉えている。霊魂の象徴である柱が間を形成してまるで樹林のように建っている。樹林だから当然、その間を風が通り抜ける。明かり障子や襖は開放されて大空間になる。ヨーロッパのドアは閉めた状態を常態と考えているドアなのだが日本の襖や障子は開けた状態を常態と考えている。それは風が通り過ぎる樹林の空間をイメージしているからなのだ。

この書院造は開放された空間なのだから庭と一体になる。庭の延長として建築がある。庭の樹林がそのまま柱の群れになってつながっているのだ。だから大きな庇と広い縁側がその間にある。室内が次第に外の庭に移り変わるのだから縁側と庇がその中間をつくる。室内からは風景のターミナルは壁ではない。まるで壁のように屋外の庭がある。室内がそのまま気づけば庭になっているのだ。

佐伯邸は100☓100ミリの鉄骨の柱だけで壁が一切ない。外周はすべてガラスとアルミサッシである。部屋と部屋の間仕切りもすべてガラスである。バスルームさえガラスで仕切られている。収納などは箱の形状で内部に構成されている。リビングルームの隣は夫妻の寝室なのだがそれさえガラスの壁である。もちろん、必要に応じてボタンを押すとスクリーンが降りてきて視覚的に遮断できる。

外観はあまり意識していない。外観から設計をしてはいない。室内からの室内外の風景を意識してはいるが外から建築の外観から発想する建築ではない。それは僕の主義といってもいい設計姿勢である。室内からの風景こそが建築だと考えている。この発想は決して僕の、というより日本の建築の発想だろう。日本の建築は本当は建築ではない。「建築」は西洋の発想であり自然との対立的関係が建築をつくるのだが、日本では樹林が建築になっている。一つずつの柱が樹木の魂なのだから自然そのものなのだ。庭が建築になったのであって、建築に庭を付属させたのではない。

ちなみに、数寄屋はこの書院造への反抗である。武士の美意識への反抗として生まれている。絢爛豪華なものへの反抗から質素な素材に向かっている。開放的な空間を土壁で閉じてもいる。整合性を嫌って様々なディテールでズレを生み出してもいる。佐伯邸を僕は「鉄の書院造」と言っている。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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