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わたしが乳がんになるなんて(4)~アメリカの病院に国際電話で予約を取る

東京で、乳がんと診断されたのが3月25日(月)。26日(火)に、アメリカで治療することに決め、27日(水)に乳腺クリニックに電話して紹介状の宛先に病院名を書いてもらい、ダメ元で「英語の紹介状はないですよね?」と聞くももちろん無く、28日(木)にクリニックに、検査結果の残りを聞きがてら紹介状を取りに行きました。

ものすごい考えあぐねて、かたつむりなみにのろのろしてた記憶があるけど、そんなことはなかったのねえ。ふぅ。

その間夫は、上司に報告したところ、彼女から、過去に乳がん経験者した方を2人紹介してもらい、電話で、病院のことや治療のことなどを聞いたりしていました。今はお2人ともとても元気で、普通に大学職員として働いていて、病院の医師や看護師やスタッフすべてが素晴らしかった、と言っていたとのこと。これはかなり朗報。

で、そこまではいいのですが、「病院に電話したところ、受診した病院から紹介状をファックスしてもらう必要があるから、医師に頼んで。日本語だと分からないから捨てられないようになんかメモを書いて。」と。はい?無理だろうよ、そんなことは。「念のための確認だけど、日本語読める人、いないよね?だとしたら、紹介状はわたしが英訳して、それをファックスするしかないよ。日本語のままファックスしたって、わたしが職員だとしたらそっこう捨てるよ、読めないし。というか、国際ファックスってどうやってやるか知らんし、英訳したデータ送るからあなたからファックスしてよ。」と言うと、「いや、でも、病院からファックスしないとだめらしい。」と、もそもそと言い募る彼。

かなりてんぱってるなあー、まあそれもそうだよね。

しかしこっちとしては、(自分のせいだということはすっかり棚に上げて)「この忙しい中、そもそも、開けるべきではない紹介状を勝手にばりばり開けて英訳して、それを持って葉山からはるばる都内の病院に行って、多忙極める医師に、すみませんけどこれ国際ファックスしてください、って頼むのは、不可能ではないけど、それを行う目的はなんだ?そっちの医師がファックス番号を見て、あーこれは日本からじゃないから受け付けない、とか言わんだろうよ。」という、普段なら間違いなく言葉に出してそうだけど、ここはなんとかぐっとこらえた。(そして、その後、しっかりと、妹に愚痴ったけど!)

そして、28日(木)には、医師から、「あなたの癌のタイプは、HER2が陽性です。これにはよく効く薬があるので、手術前に腫瘍がなくなるかもしれませんね。」と、ぽそぽそと、事実なのか励ましなのかなんとも判断のつかない説明を受けました。ここで、「そうか、断言はしてないけれど、手術の前に抗がん剤するって流れになるのか。」とぼんやり思う。

さて、家に帰って、英訳すべく、紹介状を開いてみました。

情報としては、

・左乳房に2cmほどの腫瘤
・腋窩リンパ節腫大は不明
・左乳房の広い範囲に、小胞巣状・策状構造の形態で乳がんの浸潤あり
・核異型が目立ち、癌細胞の個細胞壊死や微小石灰化を伴っている
・充実型+硬性型
・核グレード:3
・組織学的グレード:3
・ホルモン陰性
・HER2陽性(3+)

乳がんのおそれありと言われてから結果が出るまでの間、なにが正確な状況か分からないので、一切合切インターネットで調べてなかったのですが、ここへ来て始めて調べることに。「核グレード3」というのが、最初、よく聞く、癌のステージかと思ってステージ3なのかと思ったら、癌の顔つきというもので、ステージとは違ったので、ちょっとほっとしつつ、リンパに転移してる可能性があることも理解しました。

そして、28日(木)に夫にしれっとデータを送りファックスしてちょと頼んだところすぐに病院にファックスしてくれたのでよかった。その後、夫から、「病院から連絡があって、本人からの電話での連絡が必要だというので、病院があいてる時間に電話してくれ。」という連絡がきました。この時点では、いやーもう国際電話とかかけかたわからんし、来週月曜にはそっち着くから、病院に直接行くから、いいよ、と思いつつ、「わかった、明日朝起きたら電話してみるよ。」と。

29日(金)の朝、なんとか、チャットやメールでの問い合わせができないかとあがいてみるも、なんと病院のウェブサイトが海外からのアクセスを許可してないようで、アクセスできないではないか!となると、手に入る情報は、もう、夫から聞いた電話番号とファックス番号のみ。

さて、思ったとおり、やはり国際電話はすんなりかけられずすったもんだあった挙句、やっとかけられました。癌センター直通番号にかけたと思いきや、代表の番号だったみたいで、「ファックスを送ったって?あーなるほど、ここはラボで、予約状況は分からないのよ。」など、なぜ研究所にわたしの電話を転送するのか?!さすがアメリカ!となんか懐かしさを覚えつつ、5か所くらい回されるも、根気よく待つ。

ファックスの内容が深刻だったからか、そうでないのかわからないけれど、「4月1日(月)に空港に着いたあと、病院に生体検査の結果を届けてくれれば、週末にラボで調べるわ。」「4月2日にはわたし(あなたを担当するコーディネーター)と打ち合わせ、3日に外科医と打ち合わせ、4日に手術執刀医と打ち合わせ」というのが、この場で決まっていた。

(続)






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