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「悟りの境地」がある(その2)

 数年前のことだが、信州の霧ヶ峰で出会ったカナダ人に、仏教について語るチャンスがあった。彼は真剣な求道者であった。真剣な求道者は日本にはあまりいない。  
 彼は私に言った。
「私は【(真理に至る) 道】を探すために日本にやって来ました。私は先週、アメリカのニューヨークに滞在していましたが、多くの人々は厳しく険しい表情をして歩いていました。ところが、東京などで日本人の姿を見ていますと、やさしさ・落ち着き・安堵感を持っているように感じるのです。私はそれが何であるのかを知りたいのです。今回は二週間の旅行ですが、一年後には勤めている会社を辞めて再び来日して、数年間の長期滞在をする計画です。日本には何かがあると感じるからです」
 私は彼に言った。
「仏道を勉強して実践されるとよいでしょう。真理に至る道がそこにあります。仏教徒になることをお勧めします。七世紀以降、日本は仏教を国教としてきた国なのです。仏道は、①「人間の心を平安にし、安住の地を見出すための【道】」であり、②「世界を浄めて平和にする【道】」です。つまり、原因と結果の因果の法則によって、『人間の心が浄まれば、世界も浄まる』ということです。
 しかし、現代の日本には純粋な意味での仏教徒はあまりおりません。宗派に分かれているし、日本人は檀家となつていますが、純粋な意味での仏教徒ではないのです。正確に言うと、日本人は先祖崇拝を根本思想とする日本教の教徒なのです」
  この認識は正しいと思うが、見方を変えると、現実に役に立つ【仏道の体系】を組み立てて、それを理解し実践する者、すなわち仏教徒を育てていくことが必要であり、かつ可能であると思われる。
 古来、日本は仏教を国教としてきた国である。594年、推古天皇は『仏法興隆の詔』を発令した。604年、聖徳太子は『十七条憲法』を発令し、第二条に「篤く三宝(仏・法・僧) を敬え」と規定した。その二つの法令は、期限の規定がないので今でも生きているのである。そういう考え方を、専門用語では『永遠のいま』と言うのである。
 聖徳太子は四天王寺や法隆寺などの寺院を建立し、日本仏教の基礎を築いた人物であり、日本仏教の開祖のような立場である。奈良時代から平安時代にかけて、天皇と日本政府は、仏教を日本の国教として「国づくり」と「人づくり」を行ったのである。
 九世紀初頭、桓武天皇は最澄を唐に留学させ、最澄は比叡山延暦寺を拠点として天台宗を開いた。彼らは「日本社会を理想の世界、すなわち苦しみのない・幸あるところである【仏国土】にしよう」と考えたのである。 
 不完全と無秩序と悪徳が充満する現実世界で、その思想を実現するのはかなり難しい。だから、私たちは先ず始めに、自分の世界・家庭・サークル・学校・地域・会社を、幸ある理想の世界である【仏国土】にすればよいのである。
 最澄によると、そのために私たちが為すべきことは「己れを忘れて、他を利すること」である(忘己利他)。これは【無償の愛】を行うことであろう。それを行う者は、周りの人々を幸せにできるし、回り回って自分も幸せになるのである。そのような人々が作る社会が【仏国土】である。
 私たちが心からそれを望み、必要な行動を起こしたならば、【仏国土の建設】という願望は実現する。

  【日本仏教の根本思想】

「この世に存在する者はすべて【仏性】を具えており、それを自覚し、つねに心身の修行に励み、仏性の開発に努め、そうして現世を仏国土として、理想的な社会を建設していく(浄仏国土成就衆生)」

(哲学者 水山昭雄)


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