見出し画像

ため息俳句 蛇きらい

 朝食を食べおえて、新聞を読んでいた。
 なにやら庭先が騒がしい。
 目をやると、婆さんがあわあわと手足をばたつかる奇妙な動きで、部屋の中にいる爺ィを呼んでいるのだった。
 先頃の家の改修で、二重サッシにしたら、外の音も遮断されて聞こえにくくなっている。
 ちょっと、その様子が面白かったので、わざと返事に一呼吸おいて、腰をあげた。
 ガラス戸を開くと、「へび、へび、へび」と蛇の連呼だ。
 「長い」といいながら、両手を広げる。
 しかたないので、庭先に下りてゆくと、「そこの辺りに逃げていった」と指さす。櫻やら海棠やらムクゲやら植えてある辺り、紫陽花や薔薇も、ホオズキとか、とにかく藪状態のところへ逃げこんでしまったという。
 「未だ近くいると怖いから、追い払って」と、興奮して命令する。
 しょうがないので、水道栓をひねって、洗車用のホースでその藪めがけて放水した。ジャバジャバとしばらく水をかけた。
 そんなのだから、「蛇はもう何処かにいってしまっただろうよ」と、部屋に戻ろうとしたら、まだ、家の中に侵入してきたらとかなんとか、不安がっている。
 様子を聞くと、どうやらアオダイショウ、一㍍ほどか。
 老妻、「アオダイショウなら、害はないよ、それに、家を守ってくれるありがたい蛇だともいわれているよ」なんて分かった風に云う夫になぜか腹が立ったらしく、急に不機嫌になってきた。
 そうして、「あれほど、外から蛇が出たと、何度も呼んだのに、新聞なんか読んでいて、直ぐに助けに来なかったのは、どうして・・。」と詰め寄ってきた。
 「よく聞こえなかったのだから、しかたないよ」と、答えたが、そんなことで納得するような老妻ではない。
 「いや、きっと、面倒くさい、また、何をぎゃあぎゃあいってるのとかと、嗤っていたのでしょう」と更に怒る。
 そう言われると、少しはそんな気もなくはなかったので、ここはもう黙っているほかないなと、・・・。
 そうしている内に、友人とランチする約束があると、出かけていった。
やれやれである。
 多分、そのアオダイショウ君は、この周辺に住み着いているらしい。昨年も、一度庭先に出た。その時は雀やらオナガやらが、大騒ぎして、知らせてくれた。
 自分はおっとり刀ならぬ竹箒をふるって、蛇を追いかけましたが、これは生け垣の根元にそって、どこかに身を隠してしまった。それにしても、雀たちにとって蛇は天敵なのだと、よく分かった。

 かく云う自分はというと、蛇はだいの苦手、怖いのだ。行きつけの森林公園では蛇に何度か遭遇した。その出会いの瞬間の自分のとっさの身体的な反応は、人に見せられたものではない。
 であるから、妻の蛇嫌いを嗤う資格など本当は全くないのだ。
 なぜにそんなに懼れるのか、心当たりがないわけではない。

今は昔の川遊びにて蛇わらう   空茶


 「哂う」とはほほえむ、含み笑いをする、ということだ。随分とガキであった頃だ。たしかにそう見えた。それ以来、ずっと怖いのだ。