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現代語訳『さいき』(その22)

『長らくの不義理をどうかご容赦ください。心苦しい日々を過ごしていたところにあなたから消息《しょうそく》が届き、朝夕、肌身離さず持ち歩き、喜びをかみしめながら何度も読み返しています。迎えの者を遣わしますので、すぐに筑紫《つくし》へとお下りください。詳しい事情につきましては、屋敷でお目に掛かった際に直接伺《うかが》いたいと存じます』

 書簡を携えた使者が京に向けて出発し、佐伯は立派な別邸を造成して到着を待った。

(続く)

 佐伯に代筆してもらった「正室から妹に宛てた手紙」は、正室の策で「佐伯から京の女に宛てた手紙」として都に届けられることになりました。

 これを本来の「正室から妹に宛てた手紙」として読んだ場合に、あからさまにおかしいところがあったのに気がつきましたでしょうか。

 前半の「手紙が嬉しくていつも持ち歩いている」という箇所、妹の「男に捨てられたので助けて欲しい」という手紙を持ち歩くのも十分変ですが、それ以上に問題なのが「援助要請をしばらく放置したこと」で、相手を軽視・侮辱する非常にまずい内容になります。
(本当に妹を助けたいと思うなら、挨拶や社交辞令は極力避け、必要最小限の内容ですぐに返答したはずです)

 代筆した佐伯が違和感を抱いたかどうかは分かりませんが、ここは仮に「おかしい」と思っても、相手に聞けないくらいに夫婦間のコミュニケーションが破綻していたと見るべきでしょう。

 現代のミステリやサスペンスにも通用するネタの仕込み方で、わたしはとても好きです。


 訳の最後にある、正室の妹のために新たな屋敷を建てた件は、純粋な好意とも世間体を気にした結果とも受け取れますが、個人的には側室として迎える準備だったのではないかと思います。

 ただ、実施に当たって大きな課題があり、大分県佐伯市-京都市間の往復に要する日数は約二ヶ月で、相手の到着までに白紙状態から完成させるのは相当厳しいです。
 作者が地理に詳しくなかったと言えばそれまでですが、ここで出てくるのが「その18」で触れた「オリジナル版の女の居住地は鎌倉説」で、もし鎌倉との往復だとするとおよそ倍の期間が確保できます。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


【 主な参考文献 】


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