現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その49)

 尼君は、姫君に同行するのは最小限の若い女房だけと決め、宰相《さいしょう》の君と侍従《じじゅう》の君ともう一人を選出した。しばらく会えないつらさを改めて思い知って悲嘆に暮れたが、自分が一緒にいると色々と不都合なので諦めるしかない。これが永遠の別れになるかもしれないと、泣きながら歌を詠んだ。

  あす知らぬさらぬ別れのま近きに
  この世ながらや君を恋ふべき
 (明日まで生きられるかすら分からない身の上なのに、この世にいながら、別れたあなたを恋い慕わねばならないのでしょうか)

 鼻をかみながら嘆き悲しむ尼君に、姫君は歌を返した。

  ありながら隔つる仲を知らずして
  さらぬ別れを慕ひけるかな
 (生きていながら離ればなれになってしまう宿世《すくせ》だとは知らぬまま、死ぬまでそばにいるつもりで慕っておりました)

 容姿をはじめ、際立った姫君の美しさは高貴で愛らしく、髪や頭の形も光るばかりに素晴らしい。宮の宣旨は飽きることなく、しみじみと見つめたが、誰の指示でどこに行くのか尋ねることもなく、ただ茫然《ぼうぜん》と涙にむせぶ様は世慣れしていないように思えた。
(続く)

 姫君と共に都に行くのは若い女房三人のみで、尼君は音羽山に残ることになりました。確かに皇后の伯母という立場では、一緒にいると姫君の素性がばれてしまう危険性があります。しかし、実の孫・娘のように育ててきた姫君との別れですので、その悲しみは言葉では言い尽くせません。

 なお、前回にあった宮の宣旨《せんじ》の喜劇的な描写は、二人の別れを盛り上げるためにわざと持ち込んだ真逆のイメージ(≒隠し味)だった可能性があります。(ただ、個人的にはあまり成功しているようには思えません。)

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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