現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その4)

 姫君は右も左も分からなかった幼少期に、火影《ほかげ》の下で見た人の限りない美しさがいつまでも忘れられなかった。その面影は鏡に映る自分の姿と次第に重なり合い、容易に探し出せそうな気がするものの、そうはいってもすぐに見つかるとも思えない。
「どのような前世の報《むく》いで、自分一人がこのように苦しむ宿命なのだろう。雁書《がんしょ》の故事のように伝え聞いた話によると、どうやら自分の両親はいずれもごく普通の身分の者だったらしい。もしその通りの素性なら、どうしてわたしは二人に見捨てられ、水底《みなそこ》を這《は》い回る、足の立たない蛭子《ひるこ》のように生きなければいけないのか」
 いくら考えても納得できる答えは出ず、その度に姫君は悲しみに沈んだ。
「それならば、わたしを気の毒に思い、引き取ってくれる近しい縁者はいなかったのだろうか。それとも、そうした人も既に亡くなっていたのか。そもそも、不幸にも両親のどちらかが他界し、ひとり親に育てられることはあるが、自分のように両親がどちらもいないことはあり得るのだろうか」
 だが、悩んだところでどうにもならず、胸の内でひどく思い詰めていた。
(続く)

 どうやら姫君は母親の美しい容姿をぼんやりと覚えていて、思い出の中の姿と大人びていく自分とを重ねています。また、人から伝え聞いた話で、あまり身分が高くない貴族の娘だと思い込んでいるようです。
 しかし、最も頼りにしている尼君を近親者と見なしていないことから、常に一定の距離を置いて大切に育てられたことが想像できます。このことが何を意味するのか、当事者の姫君はまだ気づいていないようです。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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