現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その70)

 皇后宮も様々に思いを巡らし、この上なくつらく悲しいことだと感じながら関白に語り掛けた。
「こうしてお目にかかれたのは、どなたのご配慮でしょうか。取るに足らない我が身がこの世から消え去った後のことをお願いするのは、何ともきまりが悪い話だと承知しておりますが、どうか東宮《とうぐう》に目を掛けていただけませんか。あなたの他に後見してくれる方がおらず、世間並みの屋敷に住むのもかなわぬ状況なのです」
 途切れ途切れに話す様は、もはや今宵までの命だと覚悟を決めたように見えた。
(続く)

 死を覚悟した皇后は、最も気掛かりな子どもたちの後見を関白に託します。過去に関係を持った相手との最後の別れの場に、別の男性――帝との間に生まれた東宮を同席させているところに、母親としての強さが感じられます。

 ところで、最後の「世間並みの屋敷に住むこともできない」という台詞が少し妙だとは思いませんか。素直に読むとただの謙遜ですが、いくら後見人がいないとはいえ、東宮が「世間並みではない」はあまりに大げさです。
 東宮が同席しているためにはっきりと言えませんでしたが、「世間並みではない」と思っているのは姫君で、彼女の世話を託したかったように思います。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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