現代語訳『伽婢子』 焼亡定まる限り有り(1)

 西の京(右京)に冨田久内《とんだのひさうち》という男がいた。若い頃から情が深く、慈悲の心の持ち主だった。
 ある日のこと、久内は家を出て北野天神に参詣した。その帰路、茶店の縁台《えんだい》に腰掛けて茶を飲んでいると、十二、三歳と思《おぼ》しき小法師《こぼうし》がやって来た。顔が青ざめている上に痩せこけ、疲れ切った様子だったので、どこから来たのかと声を掛けた。
「わたしは東山の辺りに住んでいる者です。今朝からあちこちに使いとして駆け回っていたため、まだ何も食べておりません。師の僧の命に従うほど、身も心も苦しいことは他にありません」
 不憫に思った久内は餅を買って食べさせた。
 その後、二人は連れ添って茶店を出て、内野《うちの》の方へと向かった。
 右近《うこん》の馬場に到着すると、小法師が久内に告げた。
「実を申しますと、わたしは人ではございません。火の神の使者として、焼亡《じょうもう》や火事の役に任じられております。あなた様は情け深く、慈悲のある方なのでお話ししますが、明日、北野・内野・西の京がすべて焼失します。あなた様の家を燃やしたくはありませんが、わたしには止める術《すべ》がありません。焼亡の予定区域に入っておりますので、早く家にお戻りになり、財宝や生活用品を持ち出し、他の場所にお移りください。わたしは後から遅れて参ります」
 言い終わった直後、小法師の姿はかき消えた。
(続く)

 今回から新エピソード「焼亡《じょうもう》定まる限り有り」をお届けします。主人公はたまたま出会った小法師(若い僧)に餅を振る舞ったことがきっかけで、これから京で大火事が起きる未来を知ります。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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