現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その51)

 皇后宮《こうごうのみや》は特にこれといった病ではなかったため、少しずつ快方に向かった。安心した二宮は慌てて音羽山へと向かったが、姫君は既に立ち去った後だった。
 いら立ち、泣きながら恨み言を並べると、尼君は素知らぬ振りで答えた。
「大変申し訳ございません。このような年にもなって、身分の低いあの子のことで嘘《うそ》つきだと思われるのは不本意なのですが、かつてこの山里の主《あるじ》だった者から密《ひそ》かに託された娘で、つれづれの慰めのために探し出して引き取り、十年ほど一緒に暮らしておりました。思い掛けずあなたさまの目に留まりましたが、あえてお断りするつもりはありませんでした。しかしながら、あの日はたまたま母に当たる者の命日で、供養などをしていたためにつらそうにしているのを不憫に思い、つい差し出がましいことを申し上げてしまいました。翌日、あなたさまが思い出してくれるかもしれないと心待ちにしていたようですが、手紙なども届かないために悩んでいたのかもしれません。その夜から、あなたさまもお会いになった二人の女房と一緒に行方不明となりましたので、ひょっとして都の方に誘う男がいたのか、もしくはあなたさまが再びいらっしゃってお連れになったのかと思っておりました。わたしは元から愚鈍なため、わざわざ探して行方を突き止めようともせず、返す返す不思議なことだと思ったまま日々を過ごしておりました」
 このように言われてしまっては、二宮も返す言葉がない。
(続く)

 姫君が立ち去った音羽山に、一足遅れて二宮がやって来ました。泣きながら文句を言う二宮に対し、尼君はとぼけ顔で嘘を言ってごまかします。かなり苦しい言い訳ですが、茫然《ぼうぜん》としている二宮はそこまで気が回らないようです。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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