現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その71)

 臨終を迎えると人は生まれ持った人となりも変わるのだろうか。皇后宮《こうごうのみや》はいつもの遠慮深さが見受けられなかったが、死去することで密通の罪は許されるとはいえ、これまで関白から距離を置いてきたきまりの悪さから態度を改めたのかもしれない。
 皇后宮はかつて契りを結んだ際に、関白が思い掛けず落としていった扇を香《こう》の唐櫃《からびつ》の底に長年隠していたが、これに歌を一首書き付け、宮の宣旨《せんじ》を介して本人に返却した。

  漏らすなよもとのしづくの消えやらず
  おきどころなき草の葉の露
 (居場所がないままひっそりと生きている草の葉の露のようなあの子のことを、決して口外しないでください)

「気分がひどく悪く、いよいよ最期となったようです。見苦しい姿で大変申し訳ございません」
 そうつぶやくと、程なく皇后宮は静かに息を引き取った。
(続く)

 皇后は最期まで姫君のことが気掛かりだったらしく、いまわの際《きわ》に関白に託し、直後にこの世を去りました。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


※Amazonで現代語訳版「とりかへばや物語」を発売中です。