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才能に嫉妬した夜。

「やられた」と思った。

文章とは通常、どこまで行っても触ることができない。頭の中と感情で味わうものだ。

一方で、食事はどうだろう。これほどに五感を伴う体験は、他にないと言っても過言ではない。

ではもし、その二つが出会ってしまったならば?

それを実現させてしまったイベントが、年度末の最終日である3月31日に、渋谷の某会員制Barで開催された。

ストーリーペアリングイベント『あの角を曲がれば』は、料理とお酒のペアリングではなく、なんと料理と小説をペアリングさせてしまった。

小説を読みながら、作中に登場する料理を味わえるという、なんとも粋なイベント。そんな素敵なことは、わたしには到底考えつかない。

俳優の奥野翼さんが執筆した短編小説『あの角を曲がれば』の舞台は、東京。友人同士のホームパーティで、主人公のマコトが参加者に料理を振る舞う中、さまざまな会話が展開される。

わたしは、たっぷりとチーズが振りかけられた「砂肝コンフィとセルバチコ」を頬張りながら、ときどきレモンサワーを飲みつつ、小説の世界に潜った。

物語の途中で、仕込んでおいた砂肝にチーズを振りかけるマコトとバッタリ出会い、そのすぐ後、料理を口にして「めっちゃうめぇ!」と叫ぶ、マコトの友人に出会う。うん。わたしもそう思う。一日取材をして疲れた身体に、大好物の砂肝が染みた。

わたしは砂肝と一緒に添えられたセルバチコを噛み締めながら「セルバチコってこの葉っぱのことなんだ」と、人生で初めて認識した。

この一皿がなければ、セルバチコの味も形状もイメージできないまま、物語を読み進めていたのだろうと思う。バルサミコ的なソース?いや、全然違った。多分初めましてではない気がするけど、こんにちは、セルバチコ。君のことはもう覚えたよ。この小説のおかげで。

そのようにして、まるでわたしもそのホームパーティに同席しているような気持ちで小説を読みつつ、ふと顔を上げてまわりを見渡せば、イベントを楽しむ人々の笑顔があった。

カウンターの中に目をやると、そんな風景を眺める、小説の作者の奥野さん。きっと、小説の主人公のマコトのような気持ちでお酒と料理を振る舞い、ゲストの様子を眺めていた夜だったのだろうと思う。

作者として、こんなにも素晴らしい体験はあるだろうか。わたしもジャンルは異なるものの、文章を書く者としてその体験は非常に羨ましく、ほんの少しだけ嫉妬した。

新しい世界を見せてもらった、非常に素晴らしい体験だったので、ここに残しておきたくなった。

奥野さんの小説『あの角を曲がれば』は、こちらのnoteより読めるので、皆さんにもぜひご覧いただきたい。

3月31日から4月1日。個人的には、大晦日から元旦よりも「変わり目」のイメージがある瞬間。

新年度となり、今日から新しい日々が始まった人も多いと思う。『あの角を曲がれば』は、そんな人が一息ついて少しだけ後ろを振り返りたくなったときに、寄り添ってくれる作品だ。

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