つぶやき 美しい光景

 昨年夏のできごと。
 猛暑日のランチどきのファミレス、隣の席には70代後半の母親と50歳前後の息子。
「スパゲティでいいかな」
「何でもいいよ」と母親。
「飲み物がついてるから持ってくるよ。ジュース、コーラ、ジンジャーエールもあるよ。氷はいらないよね」
「何でもいいよ」とまた母親。ドリンクバーからはグラスがふたつ運ばれた。

 料理が来た。
「おいしい?」
「うん、おいしい」
「けっこうおいしいよね」………。
「あれ、もう食べないの? カレーにすればよかったかなあ。もっと食べないと熱中症になっちゃうよ」
「だいじょうぶだよ」
「もうちょっとだけ食べなよ」
「じゃあもう一口」

 自分の分を食べ終わった息子はおもむろに母親の皿を取って残りを食べ始める。食べ終えて
「飲み物はお代わりできるんだよ、何がいい? 野菜ジュースにしようか」息子はまたグラスをふたつ運んできた。

 息子は母親のペースに合わせ、母親は息子にすべてを委ねているのがわかる。二人の周りを時間がゆったり流れている。せっかちなわたしが郷里の母と食事したら、せかせかと答えを求め、行動を促すだろう。

 母は90歳を超えできることが少なくなってきている。食事も、いつまでいっしょにできるだろう。息子さん、いまできることをお母さんにたくさんしてあげてください、と心の中で祈る。

 そして神様。灼熱の都会の片隅で、こんな美しい光景を見せてくださってありがとう。汗を拭くふりをして涙をそっと拭った。

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