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10年前の読書日記12

2013年10月の記

 白水社から今和泉隆行『みんなの空想地図』という本がついに出た。数ヶ月前に『タモリ倶楽部』で紹介された架空地図マニアによる、架空地図の本である。

 前々から架空世界の地図に興味があり、なぜファンタジー小説を読むのか、と聞かれれば、そこに架空地図があるからだ、と答えるぐらいの私であって、いつかそんな架空地図をまとめた本が出ないものかとずっと思っていた。

『みんなの空想地図』は、地図を網羅的に紹介した本ではないものの、著者の手による中村市なる架空都市の地図は、市販の地図と見紛うばかりの完成度で、さしもの私も、よくもまあここまで、と呆然となった。著者は、バスの車体のデザインやら、コンビニのロゴに至るまであらゆるものを自作しており、そんなに情熱注いで現実世界に復帰できるのか心配したくなるほどだ。

 前半は、架空地図を描くに至った経緯とその手法について、後半は、著者が現実の地方都市で行ったフィールドワークについて書かれていて、私はこのフィールドワーク編に書かれた著者の内なる思いにいたく共感した。
「東京嫌い」であるところ(だけど東京に住んでいる)、飛行機や新幹線は風景が観察できないから苦手なところ、そして初めて行った街では、もし自分がここに住んだらどんな感じか想像してしまうところ。私を含め、同じ思いの人はたくさんいそうである。

 ただ、読み進むうち、ところどころ差し挟まれる弱気なフレーズ、たとえば〈会社員をしようとIT企業に就職しますがその会社も退職し、いよいよ私は説明のつかない人になってしまいました〉とか、〈「若さゆえの根拠のない自信」のようなものがまったく出てこないので〉など、本来の読みどころでない部分が気になってきた。著者自身の、こんなことしてどうなるんだろう、という迷いが伝わってくるようだ。

 たしかに架空地図が何の役に立つのかと聞かれれば私も答えられないし、別に役立たなくたっていいと思うけど、思うにたぶんこの本は、まだ誰も知らない見たことのない何かへの助走なのである。架空地図の先に何が待っているのか、期待をこめて見守りたい。

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 旅行がしたい。とにかく、どこかへ旅行したい、と思っていたら、取材旅行がドカドカ入って、青森と佐渡とラダックへ行ったことは先月書いた。で、さらに今度は小笠原取材の予定が入って喜んだんだが、出発日間近になって台風27号、28号が相次いで誕生し、セットになって北上してきた。

 小笠原は東京から、「おがさわら丸」で25時間半。船以外の交通手段はないため、こりゃ延期かな、と残念に思っていると、なかなか運休の知らせがない。ネットで確認すると、「おがさわら丸」はちょっとやそっとでは運休しないらしい。大シケのなかを出航する映像や、台風の荒波にもまれる映像まで出てきて、逆に心配になった。港を出てすぐのところで、大きな船体がどっぱんどっぱん上下動して甲板に波被っていたのである。ひょええええ。

 これまでさんざん飛行機嫌いとか言ってきた私だが、今回だけは船より飛行機がいい気がする。いや、飛行機ならさっさと欠航だろう。「おがさわら丸」は、なぜ欠航しないか。天気予報では、台風28号がもうすぐ小笠原諸島直撃とか言ってるぞ。

 だが、2日前になっても、依然運休と言わないのだった。
 ホームページを見ると、前日午後になったら状況見て考える、みたいなインフォメーションが出ていた。なんてアグレッシブなんだ。ふつうに考えて、こんなもん前日午後にならなくても運休だろ、運休。

 思わず恐ろしくなって編集者に連絡し、船が出ても乗りたくないとの意見で一致。翌週の便にさっさと変更した。
 おー、怖い怖い。
 結局、前日になって運航順延となり、変更しなくても問題なかったのだが、たとえばこの原稿を書いている時点の気象庁の波浪予報を見ると、八丈島近海は3メートルから4メートルの高波で、ちょうど「おがさわら丸」はそのへんを航行しているはずである。

 海に慣れていればその程度はたいしたことないのかもしれないが、波浪予報のレベルで言うと、10段階あるうちの7か8レベルであり、そんななか平然と大海原を行く「おがさわら丸」を思い浮かべて、今乗ってなくて本当によかったと胸をなでおろした。

 ともあれ、そういう理由で小笠原行きは一週間延期になり、その空いた時間で、北海道に石を拾いに行った。もちろんこれも取材。さらに、小笠原から戻った翌日には福井県の若狭に行く予定で、ちょっと出かけすぎではないかと、だんだん思い始めている。

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 旅行欲が満たされてきたので、読書欲も復活してきた。
 つい手当たり次第読み始めてしまい、どれもなかなか読み終わらない。もともと私の癖でもあるのだが、同時進行で何冊も読むために、収拾がつかなくなってしまうのだ。
 たとえばダニエル・L・エヴェレット『ピダハン』(みすず書房)など読んでいてめちゃめちゃ面白いんだけど、読むのに一ヶ月以上かかっていて、いまだ半分ぐらいである。その他、小野不由美『丕緒の鳥』(新潮文庫)、ロイス・マクマスター・ビジョルド『死者の短剣 惑わし』(創元推理文庫)、坂口恭平『幻年時代』(幻冬舎)、ベアント・ブルンナー『水族館の歴史』(白水社)、クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』(早川書房)を目下読書中。早く一冊でも読み終えて、ここに書評など書きたいものだ。 

2013年、本の雑誌から転載

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