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#76蕁麻疹と共に。

夕方18時になると、わたしのスマホがオルゴールの音で知らせてくれます。
「やばい、やばい、忘れるところだった」
バッグのポケットから錠剤を取り出して、パクッと口に入れます。これが蕁麻疹の薬です。以前の病院では、口の中で溶かすOD錠をもらっていましたが、今の小さなクリニックには常備されていないので、薬を飲み込むためにお水も飲まなければなりません。

「なんだか痒いぞ。あれ、腕が赤くなっている」
二年前、梅雨もそろそろ終わりに近づいた頃、お風呂から上がるたびに、それまで感じたことのないムズムズするような痒さを二の腕と両足に感じるようになりました。痒い、痒いとかけばかくほど、ますます痒くなるという悪循環。仕方がないので保冷剤で皮膚を冷やしてみたりして。

(これは更年期の症状にちがいない。皮膚が乾燥しているから痒みが出ているのだろう)
スマホで検索してみると、更年期の症状のひとつに当てはまるようでした。それならと、痒み止め成分の入った保湿剤を買い求め、お風呂上がりに四肢にたっぷりと塗ってみました。ほんの少しだけ、痒みがおさまったような気がします。

それからも何日間か続けて保湿剤を塗り込んでみましたが、状況はあまり変わりませんでした。それに下腹部まで痒さが広がりつつありました。これはいかん。そこで皮膚科を受診することになり、ついた病名は『蕁麻疹』でした。
「これは皮膚の表面の問題ではなくて、身体の内側の問題だからね。意味のない塗り薬なんか塗ってちゃだめだよ。もっと悪くなるから」
先生に注意され、ジャンボサイズで購入した保湿剤はそのまま使わなくなりました。

病院で処方された内服薬を毎日、空腹時に飲むようになると、瞬く間に痒みは消え、皮膚の発赤も現れなくなりました。まるで魔法にかかったみたいです。二週間近く、お風呂のたびに痒みの恐怖に苛まれていたわたしにとっては、痒みのないさっぱりとしたお風呂上がりの清々しさを久しぶりに味わうことになりました。

(気候の変わりやすい時期の一時的な症状にちがいない)
その時のわたしは、そう思っていました。一ヶ月も経たずに症状は消えてなくなるだろうと考えていたのです。

ところが症状はいつまでも消えませんでした。わたしの蕁麻疹は『慢性蕁麻疹』になってしまったようです(症状が一ヶ月以上つづく場合には、慢性と診断されます)。蕁麻疹というのは不思議な症状で、原因もはっきりとはわからないのだそうです。すぐに治る人もいれば何年も患っている人もいる。皮膚科の先生が言うには、平均7年は続くとのことでした。

「薬を飲むのを嫌がるよりも、皮膚の状態を悪くしない方が賢明だと思うよ。この薬は副作用がとても少なくて、何年飲んでも大丈夫なんだから」

何度も同じ説明を耳にしながら、わたしが考えていたことと言えば、

(でもね、先生。病院にかかる度に診察代もお薬代もかかるんですよ。それがわたしにはかなりのストレスなんですよ)

もちろん決して口に出しては言いません。だって先生は、皮膚のトラブルを抱えて苦しんでいる多くの患者さんを診ておられ、何よりも病気を悪化させないことを第一優先に治療にあたられている、熱心な良い方だったから。

夏が来て、冬になって春が来て。また夏になって木枯らしが吹いて、冬が来て。それから今年の春がやってきて。わたしは相変わらず薬を飲み続けています。飲んでさえいれば、蕁麻疹の症状は出ないのです。でも一日飲み忘れるとムズムズ、ムズムズ。今は引っ越しして、女医さんに診ていただいていますが、
「あまり深刻にならない方がいいです。これは体質です。コレステロールの高い人がお薬を飲むでしょ、血圧の高い人がお薬を飲むでしょ、それと同じですよ」
と言われます。

最近のわたしは、ようやく諦めがつくようになりました。いつになったら治るんだとカリカリしても、自分の努力だけではどうしようもないことだからです。女医さんは56日分の薬を処方してくれるので、以前ほど頻繁に通院しなくてもすむようになったのもありがたいことです。

原因を追求しようとするのもやめてしまいました。ストレスが関係しているなんて言われても、日々のストレスなんて数限りなくありますし。身体が、それまでは感知しなかった何らかの刺激に反応するようになって、その誤作動が続いている状態、そう理解しています。ま、いつかはおさまることでしょう。10年後、わたしがにこやかな笑顔のおばさんに進化した時には、蕁麻疹とサヨナラしているかもしれない。それなら今は、仲良く共存しながら日々のお務めをコツコツとこなしていこうと思うのです。




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