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全部 『みさっちゃん』 から始まった。

「まこねーねー、家出してくるらしいから、うちに泊まるね。」

という母のその言葉どおり、従姉妹のまこねーねーが沖縄から東京の我が家に突然やってきた。雪がふったりしたら驚くねなんて話をしていたから、私が小6の冬休みだったのだと思う。

1986年、高校生だったはずのねーねーは、襟足を刈り上げたショートカットにし、体型がまるでわからないダボダボの真っ黒な服を着て、同じく真っ黒でとんがった靴をはいていた。格好はまるで男の人みたいなのに、唇はなんだか変な色だった。ギッチギチに化粧をしてたおかげで沖縄っ子特有の濃い顔が妙な方向にドギツくなり、私の記憶の中にあった数年前の日焼けした優しいねーねーの姿は、影も形もなかった。

家出、という言葉も相まって、12歳のくそまじめな私は「不良になっちゃったんだ・・・」と、とにかく、ビビってたのを覚えている。

あとでわかったことだが、家庭内のいろいろなことや進学の問題で、家族とどうにもうまく行かなくなり、外泊や問題行動を繰り返していたまこねーねーのことを、叔母である私の母が、気分転換になるならと、冬休みの数日、東京で預かることにしたのが実際のところらしい。

母の漫画を読みながら子ども部屋でゴロゴロしてばかりいたけれど、2、3日過ごしてみればすっぴんのねーねーは小さい頃の面影があったし、毛糸のぼんぼんでネズミやヒヨコをつくってくれたり、私達ともちゃんと遊んでくれて、やっぱり優しかった。

不良だろうがなんだろうが、もう、どっちでも良くなった。

◇◇◇

まこねーねーはウォークマンをもっていて、音楽をよく聴いていた。カセットテープは自分であちこちから録音して作ったらしい。

「ウォークマン、聴いていいよ」と言うので、恐る恐る借りてみた。流れたのは、聴いたことのない曲だった。でも、途中転調するドラマティックで綺麗なメロディ。日本語で歌う若い女の人の声。しかも、言葉がはっきりと伝わる、強くて大きな声だ。

アイドルがキスしたデートしたと歌うのとも違う、大人がタバコの匂いをさせ男女間を歌うのとも違う。子供の歌でも、演歌でも、古典とも違う。

「ああ、それ『みさっちゃん』。良いでしょ?」

それが、『みさっちゃん』との出会いだった。

私の両親、特に父親は、わりに音楽は好きで、大昔にビートルズのコピーバンドをしていたとも言っていた。その頃の家にも大きなステレオがあったし、もう少し私が幼い頃は、オープンリールのテープデッキで自分の好きな音楽を録音し、好きなようにカセットテープを量産していた記憶がある。

ただ、当時のTVのベストテンとかヒットテンという歌番組には興味がなかったようだ。たぶん父も母も当時TV番組を賑わしていたアイドルたちの歌が、好きじゃなかったのだと思う。そもそも歌番組、バラエティー、ドラマといった流行りのTV番組自体を好んでいない空気があり、娘の私も、わざわざ空気を壊してまで、そういったものを見ようとも聴こうともしていなかった。

波風立てず、いい子でいるほうがいい。
「え、あんなの見るの?」「あんな歌聴くの?」
そういう困惑の言葉を返されるんじゃないかと、とても怖かったのだ。実際にそんなこと、言われたことも無いのに。

だから、小学生の頃の私は、学校で話題になってるアイドル歌手やタレント、ドラマなどの話題に全然ついていけていないのは当然だ。

運動以外はなんでもできる優等生だけど、チビで見た目ぱっとしないうえに、お固くて流行りに疎い、ダサい子。12歳の私はそんな子だ。と、思ってた。

そんなダサい子は、流行りの音楽なんて聴かなくていいし、お勉強して本読んでピアノでツェルニー弾いてればいいんだよ。そうやって自分で勝手に自分の世界を閉じていたのだと、今は思う。

◇◇◇

でも、もういちどちゃんと『みさっちゃん』の歌が聴きたい。

中学入学祝いだかお誕生日祝いだか忘れたが、好きなものを買って貰えることになったとき、意を決して「『みさっちゃん』のアルバムが欲しい。」と言ってみた。

『みさっちゃん』は『渡辺美里』で、まこねーねーに聴かせてもらったのは『BELIEVE』だったのだけど、曲の名前を覚えていなかった私は、スーパーで買い物の帰りに、母と一緒に訪れたレコード店で、『eyes』のカセットテープを買ってもらった。

『みさっちゃん』のアルバムは、あっさり手に入った。嬉しかったけど、拍子抜けしてしまうくらい。

あのとき聴かせてもらった『BELIEVE』は入っていなかったが、私はこの『eyes』で、完全に渡辺美里の虜になった。

固い歯ブラシの あの痛さが好き
過保護の仔猫のように
何も知らないでいたくない
遠い世界を見てみたい
『eyes』


中学校には、同じように渡辺美里のファンが何人もいた。男子も女子も。そして、一緒にみさっちゃんの話ができたら、その後にはみんな、今度は、TM NETWORKや、大江千里やBOØWYのアルバムをカセットテープにダビングしてきてくれた。

みさっちゃんのラジオをきけば、ゲストには泉谷しげるやストリート・スライダーズも登場するし、岡村靖幸の曲もかかる。

父は渡辺美里を「歌うまいよね」と言って、知っていたし、女性なら小比類巻かほるもかっこいいねと。

私が何もしらないでいた、今の音楽たちが、あっという間に流れこんできた。

なんだ、こんな簡単なことだったんだ。
ただ、聴きたいって、聴けばよかっただけだったんだ。
素直に好きって言えば良かったんだ。

同じ小学校からの同級生は「性格、変わったね」と言ってきた。小学校のときはまさか都ちゃんと一緒に「パヤパヤ」(LÄ-PPISCH)とか言うようになるとは思わなかったよと言うので、大笑いした。

高校生になりお小遣いも増え、バイトも出来るようになると自分のお金で好きなCDを自由に手に入れた。もちろん『BELIEVE』が入ったみさっちゃんの『ribbon』もCDで手に入れ『tokyo』も 『Lucky』も。

その後も次から次に、夢中になる音楽に出会ってきた。ほかにも、ほかの人のも、どんどん広がる。

私の音楽は、全部『みさっちゃん』から始まった。




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