私の先祖は明智光秀と判明した過程。その1

先祖調査というと、なにかとても難しく、素人にはできないことのようなイメージがありました。
といって専門業者に依頼するような費用は持ち合わせていないし調べる行為は嫌いじゃない。
むしろ斎藤一を調べる過程がかつてないほど充実して楽しい時間だったこともあり、自分でできることならやってしまおうと決めました。

ネットという便利なものがある時代。
先祖調査の方法を検索してみたところ、かなり詳しくそのやり方を公開している業者のページを見つけました。
読んでみるとどうやら私にもできそうです。
それは「本籍のある役所に戸籍を請求する」というしごく簡単な手続きでした。

戸籍について詳しく説明するのは煩雑になりそうなので省略しますが少しだけ。

自分やその肉親、家族が記載されている現行の戸籍謄本があります。
そこから死亡、婚姻、養子縁組などの理由で戸籍から抜けていき、記載されていた全員が抜けた場合、戸籍簿とは別に「除籍簿」が綴られます。
除籍簿は決められた期間役所に保管されており、その家の子孫であれば開示請求することができます。

日本人であればたいてい5,6代前、幕末頃までの先祖が記載された除籍簿が役所に保管されています。

私の父の本籍は長崎県南島原市にあるので、郵送で除籍簿のコピーを取り寄せました。
この時点ではうちの家系が明智光秀と繋がるなどとは夢にも思っていませんでした。
とりあえず幕末から現在までに至る先祖たちの氏名、生没年などがわかりました。

行政書士の資格を持つ業者、いわゆる系図屋さんに依頼すると、ここまでの調査で家系図を作成してくれます。

保管されている最も古い戸籍群が揃い、さぁ、ここからいよいよ本格的な調査の始まりです。
これまでに島原の乱に関する歴史書を読み、三宅藤兵衛重利という桔梗紋を持つ人がいることを知った私は、この人物について調べようと決めていました。

1.父方の先祖はどのような身分で、どんな仕事をしていたのか
1.三宅藤兵衛とはどういう人物なのか

この2点について調べるのが次のミッションです。
人物と時代の背景を知るために、島原の乱だけに限らず、島原、長崎の歴史書を読み進めました。
手に入りにくい文献は図書館で閲覧します。
貴重な文献は貸し出し禁止で、館内閲覧のみ許可されている場合があります。
たいていのものは館内で複写できたので助かりました。
明治37年建造の洋館建築である大阪府立中之島図書館に通う日々は、時を超えて先祖に繋がる日々の始まりでした。

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