LSD《リリーサイド・ディメンション》第42話「百合の女王――アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイル」

  *

 ――名誉生徒会長、フィリス・セッジリーが人工的に作り出したハイブリッドクローンであるアリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルとオレ――ユリミチ・チハヤが決闘することになった。

 王の座をかけてエーテル・アリーナで勝負する――。

「――って、わたくしが女王なんですけどっ! このっ、マリアン・グレース・エンプレシアがっ!! それを忘れてしまったのフィリス!?」

「これは、これは、マリアン女王さま……忘れてはいませんよ。ですが私、フィリス・セッジリーは今の百合世界リリーワールドのあり方について疑問を持っているのであります。少なくともエンプレシア騎士学院の全生徒がユリミチ・チハヤを支持するとお思いで? だから私は計画したのです。ユリミチ・チハヤを、アスター・トゥルース・クロスリーを、いえっ、この百合世界リリーワールドに存在する、すべてを超える最強の騎士を……それがアリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルなのですよ」

「目的は、なんだ?」

 オレはフィリスに問いかける。

「どうしてフィリスはクローンを作ったんだ。そんなにオレが信用できないのか?」

「できません」

 フィリスはアリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルを作成した真意を語る。

空玉の指輪エーテル・ダイヤモンド・リングの存在は知っていますか?」

「ああ。でも、あれはみかどとの戦いに使わないものだろう? 必要のないものだって――」

「――本当に、そう思います?」

「なぜ、そう言う?」

「本当にみかどは四体しか存在しないのか、ということだよ」

 こほんとフィリスは咳払いする。

「本当はみかどが五体存在するなんて、ことがあったら……どうします?」

「どうするって、そんなことがありえるのか?」

「ないとは、言えませんよね」

「まあ、そうだけど」

「だから、アリーシャが必要だったのです」

 徐々に真意を吐き出すフィリス。

「アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルは、あなた……ユリミチ・チハヤの白髪から作成された母体をもとに、このエンプレシア騎士学院に存在する全生徒の情報を書き加え、作り出された人工的な神託者オラクルネーマーです」

「ハイブリッドクローンは、そういう意味だったのか」

「そう、アリーシャは、あなたを母体として生まれてきた存在だった。なのに……」

「なのに?」

「なんでなのかはわかりません。あなたをクローンのもとにして作成したにもかかわらず、なぜかアリーシャは『女』として生まれてきた。あなた……ユリミチ・チハヤは『男』なのに、だ」

「……?」

「ひょっとしたら、あなたには、まだ秘密がありそうです。でも、あなたには世界は救えない。あなただけには――」

「――そうだな。オレはオレだけの力で、この百合世界リリーワールドを侵略してくる薔薇世界ローズワールドの魔物たちから守ってきたわけじゃない。みんなで守ってきたんだ」

「御託は、いいです。私は、ただ、あなたに不信感を抱いているだけなのです。薔薇世界ローズワールドの魔物と同じ異臭がするあなたを信用できないだけなのです」

「だから、アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルを作成したのか?」

「アリーシャは、あなたを中心に作られたハイブリッドクローン……あなたのような闇をまとう光ではなく光そのもの……だからアリーシャこそが、この百合世界リリーワールドを統べる真の後宮女王ハーレムクイーンなのです」

 まだオレたちはエンプレシア城のバルコニーにいる。

 フィリスは、このバルコニーでアリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルが、どういう存在なのかを知らしめるために、ここにいる。

 だから、アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルは、すでにここにいたのだ。

 白い布に隠れた、その存在をこの世界に知らしめるために。

「ヴェールを開放するっ! これがアリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルだっ!!」

 オレは、その――アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルを見た。

 初めて見た感想は、オレの世界に存在する花であるカサブランカだった。

 カサブランカは純白の大輪の花を咲かせる「百合の女王」……ヤマユリ、タモトユリなどを原種とするオリエンタル・ハイブリッドの栽培品種のひとつだ。

 アリーシャは身長がオレよりデカかった。

 百八十センチメートルは余裕で、あるだろう。

 ズッシリとした……けど、ある程度、体型は整っている美しい少女だった。

「これからエーテル・アリーナで、アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルとユリミチ・チハヤによる決闘がおこなわれるっ! エンプレシアの中心、セントラルシティに存在する、すべての民が、その決闘を観るのだっ! 後宮女王ハーレムクイーンか、後宮王ハーレムキングか、どちらが最強なのかを見守ろうではないかっ!!」

  *

 エーテル・アリーナの舞台は整った。

 今からオレとアリーシャの決闘が始まる。

 別にどっちが正しいのかなんて今のエンプレシアの国民にはわかるはずがないと思う。

 まず、エンプレシア騎士学院の生徒たちはオレと一緒に炎帝えんてい氷帝ひょうていの戦いに参加していた。

 だからオレが中心となって、その二体と戦っていたから、真の王だとか、真の女王だとかを言われても時間的な猶予はない。

 そもそもオレと騎士学院の生徒たちは心器しんき――白百合しらゆりぬの空想の箱エーテルボックスで作成されたときから絆は繋がっている。

 だって、そうしなければ今のオレは存在しないのだから。

 と、言うことはだ。

 白百合しらゆりぬのの作成に参加していないフィリス・セッジリーが、ひとりで勝手にやっていることなのかもしれない。

 というか、そうなのだろうな。

 フィリスは五体目のみかどの危機があると仮定してアリーシャを作成したのかもしれない。

 けど、後宮女王ハーレムクイーンの称号をアリーシャに与え、オレを後宮王ハーレムキングから下ろそうとするのは違うだろう。

 やっぱり……フィリスがオレを嫌っているから、こういうことをするのだろうな。

「ユリミチ・チハヤ。なにをボーッとしているのですか。戦いの準備をしてください」

「アリーシャ、キミは、どうしてオレと戦うんだ? キミは、なにを望んで、この場にいるんだ?」

「ワタシは、フィリスさまの望みのままに生きていたいだけです。そのためなら、この世界を統べる後宮王ハーレムキングの称号を略奪して後宮女王ハーレムクイーンになるのだって、やってみせます」

「わかった。なら、オレも本気を出そう。心器しんきを開錠しよう」

「イエス。ワタシも本気で戦わせていただきます。いきますっ!!」

 互いに心器しんきの入った空想の箱エーテルボックスを開錠する。

「――け! 百合ゆりはなよ! 空想の箱エーテルボックス開錠かいじょう! い! 心器しんき――百合の剣リリーソード!!」

「――け! 女王百合じょおうゆりはなよ! 空想の箱エーテルボックス開錠かいじょう! い! 心器しんき――女王百合の剣クイーンリリーソード!!」

 アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルの心器しんき――女王百合じょおうゆりけんは、オレの持つ百合ゆりけんよりも一回り大きかった。

 けど、その純白の剣はオレの百合ゆりけんに負けないくらい輝いていた。

「アリーシャ、キミは、まだ生まれて間もないはずなのに、どうしてオレと戦おうと思えるんだ?」

「ワタシはフィリスさまに直接、脳にデータを注入されています。つまり、それは百合世界リリーワールドに関わる、すべての情報を読み取っている、ということなのです。フィリスさまにユリミチ・チハヤである、あなたが百合世界リリーワールドを侵略する敵であるという情報は、すでにワタシの頭の中に入っています」

「オレが敵だって!? キミはオレをもとに生まれたんだろ!? オレがいないとキミはいないんだぞ!!」

「ですが、その情報は正しいとワタシは判断します。いきますよ」

 アリーシャは女王百合じょおうゆりけんを構え――。

「――くらってください! 女王百合斬じょおうひゃくごうざん!!」

 オレの技である百合斬ひゃくごうざんを模した技が放たれる。

 オレは、その斬撃を百合ゆりけんで……受け止めなかった。

 心器しんきの破壊は、同時に心が破壊されること――リリアに言われたことを思い出したのだ。

 だから、斬撃を体で受け止めるしかなかったのだった――。

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