LSD《リリーサイド・ディメンション》第54話「百合道千刃弥《ユリミチ・チハヤ》の存在理由《レゾンデートル》」
*
――ボクたちは、あの場所で生まれた。
あの場所は収縮した宇宙の中心であり、いくつもの人工的に生物をつくる機械があった。
その機械の中でボクは女として生まれた。
ボクの名前は最初、遊里道千早だった。
生まれたときから、ボクの肌は白く、髪も、まつげも白かった。
白いことには理由がある。
ボクは白い百合の花の遺伝子をもとにつくられた花人類だからだ。
花人類は新人類が作成した新たな宇宙をつくる存在である。
花の遺伝子をベースにつくられた花人類である少年少女たちは新人類に教育されて、消滅する宇宙から新たな宇宙へ移動することが我々の最重要目標であると言われ続けていた。
ボクの未来は決まっていた。
ボクは新たな宇宙の一部となり新世界の神となるのだ。
そう決まったのは双子の姉である遊里道千歳を殺したからだ。
殺さなければ、ボクは死んでいた。
千歳か千早かのどちらかが新世界の神となるために、ふたりで殺し合いをしなければいけない状況をつくったのは新人類だ。
終わりつつある世界にはレベルアップという概念があって、殺したものを経験値にして吸収するという概念がある。
ボクは千歳を殺して吸収した。
そしてボクたちは完全に同じ存在になったのだ。
どちらかが買っても負けても、どちらにせよ新人類にとっては同じだったのだろう。
ボクは新世界の神として転生し、新たな宇宙を茨門紅一たちとともにつくらなくてはいけなかった。
それが新人類の願いだったから。
……ボクの周りには同じような境遇の少女たちがいた。
向郷万里奈、十原紫苑、聖光院奏音、越岡有加利、天山有紗、幽谷映子……彼女たちも人工的に作成され、収縮していく世界からの脱出のために新人類から教育されていた。
向郷万里奈はボクの母にあたる遺伝子を持っている。
年は三つほどしか違いがないのに、そんな感じがしないのは彼女が友達としてボクに接してくれているからだろう。
彼女は聖母黄金花の遺伝子を持つ花人類だった。
十原紫苑はボクより四つ年上の紫苑の遺伝子を持つ少女である。
聖光院奏音はボクより二つ年上の花蘇芳の遺伝子を持つ少女、越岡有加利はボクより二つ年上の有加利の遺伝子を持つ少女、天山有紗はボクの遺伝子をもとにつくられたクローンであり女王百合の遺伝子を持つ少女、幽谷映子は、あらゆる世界の物体を透過できる透百合の遺伝子を持つ少女だ。
ボクたち少女は最終的に新世界を創造するための生贄となり、それが正しいことであると新人類に教育されてきていた。
ボクが恋していた女性である千道百合も花人類だったのだが、特別に新人類のひとりとして新世界へ行くことを許された存在だった。
千道百合にも双子の姉である千道薔薇が存在していたのだが、ボクと同じように殺し合いをしたらしい。
そうして千道百合も世界の一部となるために戦っていたのだ。
けど、ボクが一番、宇宙を創造するのに適していたと判断した新人類は千道百合を、その枠から外した。
だからボクが、その枠を引き継ぐ形となった。
でも、最終的にボクは、それを拒絶した。
ボクは新人類も花人類も裏切ってしまったのだ。
ボクの恋は叶わなかった。
千道百合は葉渡刃弥という新人類のひとりである男性と婚約したのだ。
ボクは絶望した。
そしてボクの運命も決まっていた。
ボクは茨門紅一、葵青菜、竹木類という少年たちの中心となり、新世界の創造をおこなわなければいけなかった。
ボク、茨門、葵、竹木の頭にはヘッドギアのような形状の機械が取り付けられていた。
光の三原色をもとに、ボクが白の役割を、茨門が赤の役割を、葵が青の役割を、竹木が緑の役割を担い、新世界を創造するために厳しい実験にも耐えなくてはいけなかった。
ボクたちは幻覚剤であるLSDを飲まされ、高次の意識状態を強制された。
その状態で新世界を創造しなくてはいけなかった。
なぜボクたちが、かつていた日本人の名前を付けられているのかというと、なにやら日本人にはスピリチュアルな能力を持っているという言い伝えが残っており、ボクたち花人類には日本人の遺伝子が組み込まれているのだ。
精神で新世界を創造することができるのは日本人にしかできないと新人類は信じているらしい。
ボクも日本人が生み出した書物を読んだことがある。
それはライトノベルと呼ばれる書物だ。
ライトノベルは西暦二〇XX年代によく読まれていた書物であり、特に、そのころは異世界転生と呼ばれるジャンルが流行っていた。
コミカライズからアニメ化、ゲーム化、映画化などがされ、今もネットに掲載されている小説は、バーチャルな化石として、終わりつつある世界にも記録されている。
ボクは、それらに感銘を受けていた。
ボクも異世界に転生できたら、今、目の前で起こっている現状から脱出できると思ったのだ。
だからボクは千道百合を失った世界の拒絶をおこないたかったのだ。
千道百合は殺された。
葉渡刃弥によって殺害されたのだった。
ボクは葉渡刃弥と戦うことになった。
ナイフで刺された千道百合には、わずかに意識があった。
「ワタシをあなたの中に入れて」
それはボクに改めて殺してほしいと願ったということになる。
彼女の年齢はボクより一回り上だった。
ボクは彼女と同じになりたかった。
同い年の少女として……いや、それは違う。
ボクは少年になるべきなんだ、と。
そうしたら彼女と恋人になれたのかもしれない。
葉渡刃弥は悪男にナイフで刺されることもなかった。
ボクは、この世界を許さない。
ボクは空想でつくられた箱である空想の箱を使い、ふたつの世界に分けた。
女性と男性を別々の世界に分け、この世界が消滅するまで待とう、と。
そうしてボクは、オレになったんだ。
少女だったボクは心器である黒百合の衣をかぶって少年のオレになった。
百合世界で唯一存在する生殖能力を持たない男に転生したんだ。
百合ちゃんのそばにいられる次元に行きたかった。
でも、オレは葉渡刃弥のような男にはならない。
少女たちは守らなくてはいけないんだ。
遊里道千早は、千道百合の百合と、葉渡刃弥の刃弥を取って、合わせて百合道千刃弥を名乗ることになる。
これが終わりつつある世界の真実だったんだ。
オレは忘れていたんだ。
目の前にある現実から逃げていたんだ。
だからオレは、すべての元凶だったんだ。
もう、この世界は終わっていくんだ。
まだ、戻りたくはない。
夢の世界で、生きて、いたかった――。
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