LSD《リリーサイド・ディメンション》第57話「残された道」
*
――もはや選択の余地は残されていなかった。
ユリミチ・チハヤを薔薇世界に差し出せば、新次元が構築され、新たな宇宙が創造される。
その新たな宇宙で生物が暮らせる世界をつくらなくてはいけない。
いずれ、この世界の宇宙は収縮がおこなわれ、やがて消滅する。
その前に手を打たなくてはいけない。
もう、彼女たちに残された道は、ひとつしかなかった――。
『――!』
彼女たちは気づいた。
彼女は遊里道千早ではないと――。
――彼は、もとの百合道千刃弥の状態に戻った。
「なんで……? なんで、もとに戻ったんだ!? これじゃあ、中身が取り出せないじゃないか!!」
フィリスは狼狽する。
百合道千刃弥の状態では、新世界を創造することはできない。
百合道千刃弥は遊里道千早にとっての心の壁であり膜であり殻である。
なぜ復活できたのか?
彼女たちは理解できなかった……わけでもない――。
「――白百合の布だ。白百合の布が黒百合の衣を修復したんだ」
アスターが断言した。
白百合の布は布状の膜であり、それを利用してユリミチ・チハヤの頭を保護し、回復する能力がある。
脳と心器はつながっている。
脳とリンクした白百合の布が、脳とリンクした黒百合の衣を回復したのだとしたら、遊里道千早が百合道千刃弥に変貌するのも納得がいく――と、彼女たちは思った。
でも、もう一度、百合道千刃弥を遊里道千早にしなければ新世界は創造されない。
「こうなったら白百合の布を外して、黒百合の衣を回復しないようにすれば――」
――と、フィリスは言った。
だが、もう彼の意識は戻っていた――。
「――おはよう、みんな……どうしたんだ? 集まってさあ……」
『……チハヤさま』
チハヤさま、と応じたが、彼女たちは、これから、どうすればいいのか、わからない。
百合世界がこうなったのは、すべて、この人が原因……。
彼の記憶は、彼の都合がいいように改変されているだろう。
そうしなければ、彼の正気は保たれない。
おそらく彼の心器である黒百合の衣が都合よく意識の改変をおこなっているのだろう。
彼の、すべての記憶が線のようにつながらないのは黒百合の衣のせい。
いつまで、この状況が続くんだ……?
彼女たちは彼に、どのように接するのが正しいのか、わからない――。
「――チハヤ、意識が目覚めましたか……」
「……フィリスか。珍しいな。オレの前に現れるなんて……どういう風の吹き回しだ?」
「実は、もう……チハヤの頭に巻かれている白百合の布は必要ないんですよ。だから、その布を外してください」
「フィリス!?」
マリアンが叫ぶ。
「それは……チハヤが――」
――チハヤじゃなくなるのですわよ、と言おうとした。
でも、世界を天秤にかけたとき、どのような選択がいいのか、マリアンにはわからなかった――。
「――わかった。外せばいいんだな?」
「はい、お願いします」
「了解」
チハヤが白百合の布を外した。
すると、チハヤの周囲をまとっていた黒百合の衣がチリチリと消えかかっていく。
「うっ、うわあああああっっっっっ!!」
「かかりましたね、チハヤ」
「フィリス、どういうことだ? オレの脳は修復されたんじゃなかったのか?」
「すみません、チハヤ……それは嘘です」
「嘘……だと?」
「ええ、そうしなければ世界が終わるのです。思い出してください。あのとき、あなたは、なにをされていましたか?」
「……は?」
「あなたは、あなたの正体を知るべきだ。あなたは、あの世界に反逆した悪い人だ。それをわからなきゃいけない」
「フィリスっ! もうやめてっ! チハヤさまが、おかしくなっちゃうっ!!」
フィリスのやることに対して、チルダが止めようとする。
「ええいっ! やめろっ! これは世界から逃げ出したチハヤの罪と罰なんだっ! 中身を取り出さなければ、この世界は終わるんだぞっ!?」
「もう、終わってもいいからっ! 終わってもいいから、チハヤさまを解放してあげてっ!!」
「うわああああああああああっっっっっっっっっっ!!」
「チハヤ、チハヤ……!!」
マリアンがチハヤの背中をさする。
もう、チハヤはリリアのような状態になっていく。
その様子を、神託者たちとエルフたちは見ているだけしかできなかった――。
――が、ある者が動いた。
「フィリス、もう、やめましょう」
「アスター、おまえもチハヤをかばうのか?」
「彼には事情を知る義務があります。白百合の布を貸してください」
「事情を知る気がない者に、どうやって知らせるんだ?」
「白百合の布を使って、記憶の共有をおこないます。そうすれば、チハヤさまの記憶も定着するでしょう」
「それをして、なんの意味が? どちらにせよ、中身を取り出す必要があると思うが?」
「だから、私たちとチハヤさまが考えなくてはいけないのです」
「考えて、なんになるんだ? もう、時間は残されていないんだぞ」
「だから、これから……考えるのです。とりあえず、白百合の布を返してください」
「それをしたとしても、なんにもならないぞ」
フィリスはアスターに白百合の布を渡した。
「やらなくてはいけないことは、これから考えるのです」
アスターは、チハヤの頭に白百合の布を巻いた。
「うん、やっぱり、このほうが似合いますね」
チリチリと消えかかっていたチハヤが、もとに戻っていく。
「……ありがとう、アスター」
「では、チハヤさま……一秒だけエンプレシアの国民と魂の結合をしてください! そうすれば、すべての過去を把握することができます!!」
「了解! 魂の結合、実行!!」
こうしてチハヤは、今までの過去を知った。
過去を知ることで、今、どうしたらいいのかを考えなくてはいけない。
もう、本当の過去を知って、消えてはいけない。
そうだ……あのとき――。
「――みんな、白百合の庭園に行こう」
過去を知ることで消えかかっている百合道千刃弥の魂を維持しなくてはいけないのだ。
そのために必要なことをする。
もう、ユリミチ・チハヤとは決別しなくてはいけない――。
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