見出し画像

Stones alive complex (Glass Filling Ruby)

博士女史が左耳の穴へ近づけてくるヘリコプターのプロペラに似た音響プローブを、相反する表情を浮かべて見つめた。

例えると。
医者が手に持つ注射器の先っちょを見つめて、これは一瞬は痛みを与えるものであると同時に、慢性の痛みを取り去ってくれるものであると考えて身構えてる時の表情だ。

博士があまりに慎重にしているものだから、僕は何だかじれったくなって身じろぎをした。

彼女は、はっとして僕の目を覗き込み安堵させたいのかに、ドキリとさせられる女神の笑みを向けてくれた。

「失礼。
もう少し詳しく、この処置の説明をしておくべきだったわね。
特異な現象を体験するのは全て、脳波の中でもだいたい8から12ヘルツ近辺のアルファー波状態に関係しているの。
テレパシーやテレキネシスといったことができるのは、先天的な才能か後天的に修行を積んで、ある程度自分の意思で脳波をコントロールできる人々よ。
普通なら、催眠術によって誘導されるか、睡眠に入ろうとする時や無理に起こされて夢うつつの状態で、ちょこっとアルファー波が出るくらい。
思春期を迎える時期の少年少女とかは、目を閉じていかがわしいことを考えるだけで比較的簡単にその特殊なゾーンへシンクロできることは、ここだけの内緒ね。
交霊会とかで、薄暗くして誰も喋らないように主張する霊媒は、自分のアルファー波状態の集中を必要なだけ持続できる状態を手探りしているわけ。本人に自覚のあるなしに関わらずにね・・・」

「なるほど・・・ですね・・・」

僕は少しビビってしまった。
なんだかよくわかんない話ばかりだが、博士が近づけるプロペラの回転音がそのなんたらヘルツらしく、彼女の声質がヘリウムガスを吸ったみたいなひょうきんに甲高く聞こえはじめる。

「このゾーンへのアプローチは、非知的に思える知的さが必要と言わざるを得ないのね。
つまり、当たり前だけど。
現時点での科学では解明できない事柄を、現時点での科学で解明しようとしないこと。
現代科学の方法論では調べられるはずがないものを、非科学的と安易に切り捨てるのは科学的ではないアプローチなのよ。バネ秤で原子の重さを測定しようとしてるようなもんだからね」

「なるほど・・・なのですか?」

僕は声に出して受け答えしたはずだが、
声になっているかは分からなかった。
耳で喋ったことを、口で聞いてる感じになってきた。プロペラ音が頭の真ん中でハウリングを起こしていて、自分の声が博士の口から出てるようにも思えてきた。

「外部から常に強制されてる思考統制および世間的価値判断による抑制を遮断して、ポジティブな現実逃避に近い現実創造が可能な領域へ、心の焦点が移動するのよ。
俗っぽく言えば『妄想』なんだけど。
リアルと非リアルの区別の境目が逆転するまでになると、無意識下にいる存在が自分らの領分を誤解させられて、こっちへ迷い出て来て実体化するって原理なわけなの」

「なるほど・・・ですか?
ちょうど今みたいに?
博士から、アルファー波処置されてる自分を妄想をしてる僕のようにですか?」

「そういうことなの」

博士の声帯音は、ゴスペルをひとり倍音コーラスしてるセリーヌ・ディオンを低音ブーストして脳幹へ響く。

「アルファー波処置されてる自分と、処置してるこの博士のシーンを妄想してるあなたは、今どこにいるのかしら?
『今ここにいる』を規定しているアルファーコア意識の原点確率が低くなり現在位置座標は、点から面へ、面から立体になってるはずよ。ここの三次元座標系そのものが、あなたの全体像になってゆくってことよ。
それに伴いほとばしる多幸感は味わっててもいいけど、決して惑わされないでね。そこが目的地じゃないから。惑わされないコツは、こっちの言語を命綱にして喋り続けること」

「なるほどなのですか・・・?
なるほどなのでしょうか・・・?」

「さあ。
一緒に来ましょう・・・」

「いずこへ?」

「目的地へ。
ニルバーナ名産、煮るバナナをお土産に全体存在が助けを待ってるところへ」

「それを食えば・・・
サイケデリックな空母に乗った、あいつがゆったりご機嫌になるところへ?」

「その調子で、こっちへ引っ張り出しましょう。
知覚の認識を、わざとバグらせてみて・・・」

「ギラギラ銀色のさりげない目つきをした世界的なロッケンローラーは髪の毛を膝まで伸ばした
とんでもないヤツで自分の好きなことしかやりたがらないあいつは靴なんか履いたことないから足の指でコーラをラッパ飲みしながら馬鹿みたいにこう言うし。「俺たちはお互いをよく知ってるが、ひとつだけ言える事があるならお前はもう陳腐な現実から独り立ちしろってことだ」って。オットセイみたいな三つめの足へブーツを履かせて『横・斧』を助手席に乗せてるから背骨が精神疲労でギシギシ痛むんだ。『横・斧』には気をつけろ。『横・斧』タイプには注意しろ。膝を突いて悲しんで『横・斧』をアームチェアーであいつは抱きしめていた。そんな承認欲求のポテンシャルで動かすジェットコースターは最初から危ないって言ってたのにあいつは濁った水をレノンに腕押しな浄水フィルターの役目に徹してたよ。あいつはいつもこう言ってた。
“1+1+1は3じゃない、111なんだ。
あいつにはリビドーの損益分岐点が見えてないから、愛情の希望的観測ばっかり考えてる。
さあ一緒に来いよ・・・
今から、僕と一緒にさ・・・
さあ一緒に来いよ・・・
いかがわしい妄想の世界へ・・・
Yeah・・・

(え?おわりですか・・・?)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?