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プロジェクトマネジメント手法に学ぶ企業の生産性

アジャイル(AGILE)という言葉を聞いたことがあるだろうか。ソフトウェア開発手法の一つで、多くの欧米企業が採用しているものである。このアジャイルの考え方は、需要が細分化し、企業が変化していかねばならない昨今の情勢の中、ソフトウェア以外の一般の仕事にも活かすことができる。アジャイル開発手法を推進する団体が主催する公式トレーニングに参加してきたので、エッセンスを紹介するとともに、真の意味で生産性が高い仕事とは何か、ヒントを上げてみたい。

アジャイルとは何か

アジャイルとは何かをまずは説明するが、その前にウォーターフォールという開発プロセスについても説明しなければならない。ウォーターフォールの欠点を補うために生まれたプロセスがアジャイルであるからだ。なお、ウォーターフォールとは、従来から全世界で採用されてきた一般的な手法で、多くの日本企業でいまだ採用され続けている。

ウォーターフォール開発とは、開発する製品の仕様を決め、その仕様を満足するために綿密に立てた工程表に従って順々に仕事をこなしていくプロセスである。それぞれの工程には決められた役割があり責任者がいて、仕事を順々に引き継いでいく駅伝のようなものだ。高い所から低いところへ水(仕事)を落としていくウォーターフォールとイメージしてもらえればわかりやすいだろうか。

では、このやり方の何が悪いのか?

一番の悪は、開発の目標が「定められた仕様を全て満足すること」になっていることだ。この目標が最上位にある限り、プロジェクトは硬直化し絶対に成功しないだろう。難易度の高いビジネスに大きな影響のあるプロジェクトほど、予定外の問題など起きて当たり前であり、工程表の通りに順調に進むことはまずないと言っていい。最初に決めた仕様を守るために日程は遅れ、費用はかさむだろう。挽回が挽回を呼び、余計な仕事が発生しミスも増える。何よりも致命的なのは、作業者が顧客を理解していないがために、仕様に書かれていない細かい内容の設計判断をできないことだ。これらは顧客の期待からのズレを生じさせ、結果的に「顧客が満足しないもの」に仕上がっているかもしれない。これに気づいたときには既に手遅れであり、ビジネスに多大な影響を及ぼすであろう。毎回このような事が起きるとは言えないが、経験がある人も多いだろう。私もその経験者のうちの一人だ。

これに対し、アジャイルの開発目標は「仕様満足ではなく顧客満足である」としている。この顧客満足度が高い魅力的な製品を妥当なコストでスピーディーに提供できたとき、はじめてビジネスが生まれる。これらに着眼しない事業活動はただの無駄であり、生産性が低い行為となり得る。

アジャイルは、顧客満足と製品ビジョンが最上位にあり、そのための仕様がどうあるべきか仮説を立ててその仕様が機能しているか検証を繰り返し、開発しながら仕様を固めていく柔軟で適応力の高いプロセスである。しかしそれは無限ではない。使用できる予算とリードタイムもあらかじめ決まっている。

仕様と予算を両立させるためには「顧客が求めるものと提供したい製品ビジョンを限られたリソースで最大限具現化する」のがポイントだ。仮に理想的な製品仕様のうち70%程度しか完成していなくても、その70%で顧客が満足できればそれでよいのだ。これを実現するためには開発の前に顧客と製品のビジョンを明確にし、重要な仕様から優先して作り込んでいく。

さらにいえば、アジャイル開発チームは最初から最後まで1チームのみで運営し、引継ぎなどない。売る人と開発生産する人はそのチームに必ず含まれ、チームでスピーディーに物事を決定していく。よって、説明のための余計な資料作成に時間を割くことなく、顧客のための仕事に100%集中できる。もちろん事業に関わる重大な決定はマネジメントに判断を仰ぐが、基本はチームで完結する。

逆にウォーターフォールは工程間の引継ぎ資料のために膨大な時間が使われる。それは供給側の都合のためだけの時間であって、顧客のために使われる時間ではないのでアジャイル的には生産性はゼロである。また、必ずしも前工程が望んだ通りに後工程が理解してくれるとは限らないからミスが生じやすくなる側面もある。

以上がアジャイルの本質だ。アジャイル開発プロセスを成功させるテクニックはいろいろとあるものの、本当に重要な点は次の三点だけだ。

・目指すべきは仕様満足ではなく顧客満足。
・製品ビジョン、開発費用、日程は不変。可変なのは仕様と具現化の手段。
・社内調整ではなく顧客のために時間を使う。

これらのポイントを聞いて耳が痛い方もいるのではないか。私はそうだ。特に大企業では社内調整ばかり上手になって、ビジネスの本質である顧客との向き合いに多くの時間を割いていないし、そもそも顧客を理解していないことに気づく。これでは本当の意味で顧客の期待に応えられるわけはなく、製品も売れない。勘のいい方はすでにお気づきかもしれないが、アジャイルとは開発プロセス手法の姿を借りた、開発者や経営者が持つべきマインドセット教本なのである。

生産性が高い仕事に必要なものは

それでは具体的に、企業または個人としてアジャイルのように生産性が高い仕事をする為にはどうすればよいか考える。必ずしもプロセスを急に変える必要はなく、マインドセットがまずは重要である。完璧なアジャイルの実行は研修のコーチですら難しいと言っていたが、企業は完璧を求める必要はない。企業が顧客の不満を解消して対価を得て存在できているのだから、重要なことのみに絞り、ひとつずつクリアしていけばいい。

1. 常に顧客への価値に着眼して要否判断をする

何らかの仕事が発生してアウトプットを出さねばならない場合、まずはその仕事を放置した時に顧客へどれ程の影響があるかを想像する。実はその仕事は顧客にとっては何の価値もなく、社内の立場の違いによる摩擦の問題であったりする。蓋を開けたら重要度と優先度は低く、具体的なアクションは必要ないかもしれない。会社に勤めているとよくあることだが、俯瞰から見れば小さな問題でも目の前に転がっていると大きく見えるものである。実は問題の半分以上は不要な仕事であったりする。(人事総務などのサポート部門の場合は、従業員が顧客志向になるような仕組みを考えたり、従業員を顧客と考えることもできると思う)

要否判断のコツは三つある。

ひとつめは、その仕事の成果物の影響を受ける人のストーリーを考えること。「誰が」「何をしなければならない」「だから◯◯で解決する」。「本部長が」「昇進をかけて経営会議でアピールしなければならない」「だから私が資料やQ&Aを完璧に作り上げて解決する」こんなもの顧客に全く価値のない無駄の極みだと私は思う。「本部長が」「経営会議で正しい判断を仰がなければならない」「だから私が信頼性の高いデータを提供する」。これなら納得だ。必要以上に相手の職掌範囲の仕事を受けないこともポイントとなる。

ふたつめは、重要度を以下のMoSCoWで考える。目の前に転がる課題は人間の心理として大きく見えるので、CouldとWon'tは実際は不要不急の仕事である。

Must...解決しなければ事業が成立しない
Should...解決なしには事業として致命的
Could...解決しなくても生き残れる
Won’t...後回しでいい

最後に、解決した際の効果とリスクレベルで物事の優先順位を決めること。下表の4領域のうち、rVを数多くこなすように心がける。RVは検証によりリスクを下げrVへ移行させ、rvは価値向上によりrVにより移行させる。それが叶わない場合は思い切って仕事を捨ててみる。

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以上より、企業と顧客双方に利益をもたらす仕事を優先することで企業としての生産性は高まる。

2. 部分最適だけでなく全体最適を常に意識する

企業の中で歯車として働いていると、事業の流れをよく理解できないことが多い。他の人が何をしているか見えないからだ。自分の立場だけで考えるととても効率の良いことをしているように見えても、実は別の人の負担を増やし、全体としてはマイナスになっているかもしれない。こういう事態は自分が思っているよりも簡単に発生し、やらない方がマシだったということにもなりかねない。だから企業や事業にはビジョンが大切で、皆がそのビジョンを理解し全体最適も同時に考える方がよい。

これはとても難しく一人で判断出来ることではない。会社として部門横断チームを作って様々な視野から検討していくのが普通である。ただ、個人でも意識することは出来るので、視野が狭くならないように注意したい。

3. 可能な限りチームに権限委譲する

2で述べたように、全体最適の視点を確保するためには部門横断のチームは必須である。そしてそのチームに物事を決定する権限をなるべく渡すことが、より価値の高いアウトプットを出す秘訣であると私は信じている。経営者や上司はチームや部下を信頼し、多くは干渉しない。確認することは最初に決めたビジョンに沿ったものであること、事業として成立しているか、企業として投資可能であるかの3点のみでよい。そうすることでチームに自律性が生まれ、結果として創造性が高いアウトプットが生まれる。管理者がこと細かに指示すると思考停止を招くどころか、チームや部下の視線は顧客ではなく上司や経営者に向いてしまい、単なるアピール合戦になってしまう。細かい指示は雑音と同じということを意識したい。人間の創造性に必要なものはマイクロマネジメントではなく、明確なビジョンの設定と権限移譲なのだ。

おわりに

最後に、これらのマインドセットは企業として生産性を高めるために有効であるものの、古い時代の経験者ほど考えを変えることは難しく、彼らから理解が得られないと職場で孤立してしまうリスクがある。

これらのリスクを避けるためには社内でロビー活動をする必要があるが、これらは顧客の利益にはならず生産性が低いので自己矛盾を引き起こす。何とも皮肉なことだ。最も合理的なのは経営者がこれらを理解し変革を推進することなのだが、一介のサラリーマンではその提案も叶わない。

だが私は諦めずに理想を貫いていきたいと思う。同じ気持ちの皆さん、日本企業を強くしていきましょう。

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