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流転する故郷


ふと帰省した


久しぶりにひとりで故郷に帰った。12月中旬の寒い日だ。


懐かしい父母の顔を見て楽しく話す。。ゆっくりのんびりと
時間はあっという間に過ぎてゆく

その帰り際のことだ

ふいに、
『お前の好きなことをやるといい』と父親に云われた。

わしは好きに生きてきた、という父親。その父親から何かと我慢の多い私への励まし。


新幹線の時刻に気を取られていたときに

靴を履いて立ち上がる去り際だったのだが、父は珍しく玄関さきにまで姿を見せて、そう言う。

そっと消えるように帰るつもりだったが、立ちすくみ涙が滲んだ。
バスの時間がせまる。
新幹線の時間もある。


『あぁ、ありがとう。そうするよ』


ひと言だけ置いて玄関のドアを閉めた。
あたたかいものがこみ上げた
『好きに生きたらいい。』
初めて全肯定されたようで、うれしかった。

バス停まで歩く。
スーツケースをゴロゴロとひいていく。
土産物を提げてひとりで歩くのだ。

古くて寂しい町だな
子供の声もきけなくなって久しい。猫がたくさんいる。

あ、ネコ。。


コの字に埋め立てられた港町に、
遠くからの潮風がひとつふたつ吹く

その覚えある匂いが郷愁を感じさせるのだが


錆びた鉄くずと魚の匂い
降りつもる重たい匂い。
重油
重金属


船と鋼の町。かつて漁船が係留されていた海上には、道路が整備されて立派な文化交流施設が波間に浮いて建っている。原風景を知る私にはそう見える。誰のため?


広々と美しく整えられた真新しい駐車場には車がまばらに停まっている。くたびれた軽四輪がほとんどだ。誰かの車庫と化している。


人口減少を物語るように閑散とした立派な文化交流施設が、思い出の港の上に建つ様子は、砂上の楼閣ならぬ海上の老閣ともいうべき危うさを秘めて目前にせまりくる。
人の影は、ほぼ無い


いつ崩壊してもおかしくない、最新鋭の立派な施設だ。

私の生まれ故郷や実家をも道連れに、いつかは崩壊するのかもしれない。

新しい古い、は関係ないのだ。
そんなことを想いながら、バス停にひとりで立つ。
もうすぐクリスマスだ。毎年やってくるのだな。。すべては繰り返すのだ、と考えながら。


人が減るということは、いつか廃れるということなのだろう。。

人のいないところにはクリスマスさえ来なくなる。認識する人がいない=不確定なのだから。有る、無いの決まらない、
重ね合わせた状態に戻るのか。。などと埒もないことを、ひとりごちてバスを待つ。

スクラップ、そしてビルド、というのは簡単だが、当の住人たちはいったいどう思っているのだろう。

かつて子供の頃には当の住人だったはずの私

スクラップは悲しくて、ビルドは不安だ。それは故郷を離れた者のノスタルジックにしか過ぎない、としても。。やはり切なくて寂しいものだ


終わりから、また始まる地域の再開発。。再生とは?
父親と話した数時間前のことを静かに回想しながら、バスが来るのを待った。。


回想


何事も繰り返すのが道理なのだからそれでいい、と父親はいう。
今も当の住人の父親はいうのだ。古いしきたりなど変えていけばいい、と。

年老いた目に映る文化施設に対しては、あんなものは要らない、と冷たく言い放つ。

誰も来ないじゃないか。。と寂しげに何度もいう。めったに帰省しない私を非難するように

古い港が消えて良いか悪いか?は後世にならないと判るものではない。誰のためにこさえたのか?
何にするんや?いらん。。と

ごもっとも、なことをいっていたのだが、そのしわしわの黒い顔が涙目であることを見逃さなかった。

置いていかれた老夫婦。。
ここは、まるで時のはざまに居るようだ。。そう思った。


粗大ゴミにしか見えない実家に積もる大量の段ボール箱に、使われない本棚、古びたストーブにヤカンのしゅんしゅんと、お湯が沸く。。

降り積もる重たい匂いを感じていた。
ホコリ
灯油
湿った土

ゴミに見えても一つ一つに思い出があるんや。。という。
ぜんぶ、思い出なんや。。と油まみれの幼い絵を、
大切に壁に貼りつけたままの台所。。

そんなことばを寒空に思い出しながら
コの字に埋め立てられた港町を去るのだ。
『置いてきてしまった。。』
なんともいえぬ寂しさと悲しさ。。
毎回味わう拭えない不安
象徴的な故郷の海、深くて青い色。


やがて、老客一人を乗せたバスが来た。

あの漁師のおじさんが網の手入れをしていた、じつにその場所がバス停になっていた。

ふるさとを想う


故郷は
流転の末に
何処へゆく
涙目で見る
港の面影

かつて、好きに生きたらいい。。と若者を都会へ送り出した今の老人たち
そして今、何もないと嘆く。
空き家が増えて人が姿を消して
子供の声が途絶えた。


行くな、と云いたい。
何もないことはない筈だ。。と
あの若い頃の自分に云いたい。


故郷は流転する
行く末を見ていたらきっと
面白いことがあったのだと教えたい。。


帰り着いたマンションのエレベーターに、あのバス停の匂いを感じて

静かにひとり旅を終えた。


音楽に心あたためられながら


この曲を聴きながら。。

南かのんさんのピアノが寒い心をあたたかくしてくれました。本当にありがとうございます♪


2022/12/22新幹線車中にて原案


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