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「このマンガがすごい!」の"スゴい"の理由を探る - 『かしこくて勇気ある子ども』 山本美希

ある種の物語は、受け手に特定の"構え"がなければ楽しめない。

ドラマを楽しめるのは、そのドラマで語られているストーリーと自分自身を、リンクさせることができたときだけです。

恋愛リアリティショーに、私は大抵興味がないですが、恋の駆け引きを自分毎と捉えられる人は、とても楽しめるのだと思います。
能楽は、あまりエキサイティングだと受け取られませんが、そこにある精神性や世界観を、自分に引き込み鑑賞できる人なら、とても味わい深くあるに違いない。

今回取り上げるのは、そうしたある種の"構え"を要するであろう作品。
私は過去にこの作品を読んだとき、取り立てて楽しめませんでした。しかし年数を経て改めて読み直してみると、この作品の良さが身に沁みる。

世間が良いと認めた作品について、その良さとは何かを深掘りする「このマンガがすごい!のスゴい理由を探る」。
今回は、山本美希さんの『かしこくて勇気ある子ども』を取り上げます。

どんな作品?

(試し読みはこちら - ちょっと分かりにくいけど「第1話」のところ)

女性をテーマに描き続けてきた著者が見つめ直す、この世界の現実。

妻が第一子を妊娠し、生まれてくる我が子へ期待を膨らませる若き夫婦。
二人は、子供が賢くて勇気ある子に育てば、明るい未来が訪れるものと信じていた。
妊娠後期、出産を目前に控えたところに、妻はある少女の身に起きた事件を知る。
その事件は、少女が賢くて勇気があった故に標的となった凶行だった。
無邪気に信じていた未来が揺らぎ、妻の心は動揺する。
これから生まれてくる子供のために、私たちは何を考えればいいのだろうーー

トーチweb 作品紹介より

試し読みをするとすぐ感じますが、この作品は一般的な「マンガ」から離れた特徴を多く持ちます。
まずページが右めくり。そしてモノクロではないデザインは、どこか欧米のバンド・デシネな雰囲気を漂わせます。
絵はマンガで一般的なGペンの細い線ではなく、吟味した色鉛筆から描かれたもの。絵本や品のある雑誌の挿し絵にあるような、柔らかみある世界観が現れます。

カラフルな、それでいて騒がし過ぎない画面構成
ポップで元気いっぱいな画面も
落ち込んでいてナイーブな画面も
繊細な彩色が光る

著者の山本美希さんは、初作の『Sunny Sunny Ann!』から手塚治虫文化賞新人賞を受賞。フランスのアングレーム国際漫画祭やカナダのモントリオル・コミック・アート・フェスティバルのセレクションに選ばれるなど、国際的な評価も高い作家です。
今回取り上げる『かしこくて勇気ある子ども』も、このマンガがすごい!・手塚治虫文化賞・文化庁メディア芸術祭から評価を受けた、稀な褒賞を得た作品です。

なぜ、私はつまらないと思ったのか。そして、なぜ素晴らしいと感じられるようになったのか?

本作の絵作りの特殊さは先ほど触れた通りですが、ストーリーもまた、一般的な日本の商業マンガから離れてあると思います。
そしてそれが、「つまらないなと思った」理由のひとつとなりました。

トーチwebの作品紹介にあるように、この作品は若い夫婦の第一子の出産をテーマにした作品です。
当然として、少年誌や少女漫画にあるバトルや恋愛のような、アドレナリンを沸かすエンタメテーマの作品ではありません。
そしてまた、何気ない日常を賛美する「日常系」や、個人の体験を綴る「エッセイ作品」のような、それぞれの生活を飾り、癒す、サプリメントのような作品でもない。
『かしこくて勇気ある子ども』は、今を生きる「私たち」の人生をテーマにした、いわば社会的な作品です。
文化庁メディア芸術祭は本作を次のように評価します。

本作は、現代に生きる人の不安と葛藤、そしてその先にあり得るものを見事に1冊の本として結実させた。描かれるのは、生まれ来る子への期待と歓喜が、ある事件を機に一転、不安にさいなまれる妊婦・沙良の姿だ。情報の洪水に、希望や心配がときに果てしなく膨張してしまうことや、世界への不信は、現代人に共通する苦しみである。だからこそ沙良の懊悩は普遍性をもって読者に響く。

文化庁メディア芸術祭 贈賞理由

本作を初読した際、私はそこに欧米的なリベラリズムの気風を感じました。もっと正直に告白すれば、「社会に対する申し立て」を。
急いで付け加えれば、この作品は社会制度や誰かを糾弾する作品ではまったくないです。ただし、この作品は、それまで私が触れてきたような、個人の成長や日常を扱う作品ではありませんでした。「現代に生きる人の不安」を扱う、社会的な作品です。そこには、私(主人公)だけではなく、あなた(社会)がある。その視点の違いに当時の私は追いつけませんでした。その結果、自分とは異質なものとして、この作品を突っぱねてしまった。
それが「つまらないなと思った」ワケです。


初めてこの作品に触れた時、私は「子どもを作る」ということに無関心だった。もっというと、自分のことに手一杯だった。だから本作の語る社会に開かれた視点と、自分の狭まった視点をリンクさせることができませんでした。
あの時から数年経ち、少し余裕を取り戻した私は、今でこそ本作の卓越を感じ取れる。

物語の主人公・沙良は、女の子への襲撃事件のニュースをきっかけに、世界の残酷さについて、今一度思いを巡らせます。残酷でもあるこの世界で、我が子を成すということについて。

子を持つということ

反出生主義、あるいは親ガチャ。子どもを作ることへの今日的な懊悩を、本作は正面から取り上げます。
沙良の出産への悩み、そしてそれをめぐるイザコザは、かなり不器用です。憂鬱だし、できるなら見たくない。でもそれを正直に描くからこそ、本作のリアリティは読者に刺さります。子どもを健やかに育てること。それを期待することが、今、いかに難しくあるかを問い直す。重いリアリティです。
そしてだからこそ、物語の最後に到達する夫婦2人の前を向いた結論に、私はとても救われた。
この作品の持つ、子どもたちへの祈りと感謝に、心動かされずにはいられない。

世界は綺麗ではない。分かりやすい結論に落ち着くことも、世界を統一することもできない。だから悩み、そして祈る。

『かしこくて勇気ある子ども』は、複雑な世を生きる私たちに向けての、まっすぐな導きです。

社会派の作品を知る意味

最後に、本作のような社会派な作品を読む意味を振り返ってみます。

社会派の作品は、率直に言ってあまり楽しくないと思います。
なぜなら、それはエンターテイメントに走っていないから。ティーン向けの作品のように、私たちを興奮させ、甘い気持ちにさせ、喜怒哀楽を爆発させようとしてくれない。
エンターテインメントへの振り幅が少ない場合、読み手側にそれを受け入れる"構え"がなければ、その作品は退屈に映ります。

だけど、例え社会派の作品がときに退屈だとしても、私はそういう作品を読みたいと思う。
ある時、これつまんなかったなーと、思ったとしても、別の時、ふと思い出すことがある。例えば今のように。
幅があること。今と違う世界を知っていること。それこそが、豊かさであると思います。それが、多様な作品を知ることの価値です。

私は、「クオリティよりバラエティ」派の人間です。
選択肢が沢山あること。それをただ単に素晴らしいことだと思う。
私は昔、図鑑を眺めるのが好きでした。世界にこんなにもたくさんの動物が、植物が、人が、国があるということに、たまらなくワクワクした。

同じ種類の物語しか持っていなければ、世界はそれだけ単調になります。
例え今の自分が知らなくても、他の誰かが楽しんでいるジャンルがあるのなら、触れてみるのは悪くないと思います。マンガが好きという人ならば、特定のジャンルや王道作品に閉じてしまうのは勿体無い。
だからこそ本作のような、多くと違った視点を持つ作品があることを嬉しく思います。

このマンガがすごいってすごくない? オタクってすごくない? 日本ってすごくない?

本作への感謝を綴るにあたり、「このマンガがすごい!」にもまた、感謝を込めたいです。
このコンテストが私と『かしこくて勇気ある子ども』を繋げてくれたから。

「このマンガがすごい!」は、その道のプロだけでなく、市井の「マンガ好き」が選ぶマンガ賞です。
そうした大衆に開かれたコンテストで、『かしこくて勇気ある子ども』という、大衆に向けて作られていない(と思う)作品が選出されたこと。これって、すごく素敵なことだと思います。

日本はときに、画一的な国だと言われます。
でも私はこの国を、それなりの多様性を包摂できる、可能性のある国だと感じています。

この国のマンガリーダー達は、『かしこくて勇気ある子ども』を、その年のワン・オブ・ザ・ベストにあげました。様々な作品がある中で、王道から外れ、大衆に新たな世界を投げかける作品を、大衆が選んだ。その事が、たまらなく嬉しい。
『かしこくて勇気ある子ども』を推す、開かれた多くの人々がいなければ、私はこの作品の世界を知る由もなかったから。

日本という国は、多様な表現が生きていける国だと思います。色々な作品があり、世界に学ぶ多くの作家がいて、そうした作家を高く評価する人々がいる。
そういう国であるし、そういう国であってほしい。
だからこそ、私も少しでも発信したい。
この国にある多様な表現について、その価値をしっかりと受け止めたい。
この記事や他の何かをキッカケに、そうした輪が広がれば幸いです。


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最後までご覧頂きありがとうございます!
本作は今まで紹介した中で、もっとも「うーん」と感じた1作でした(名作なんですが)。
同作者では、私は『Sunny Sunny Ann!』がかなり好きで、クールで逞しい女性が好きな方なら、こちらも一読して損なしです!

まだまだ色々な作品に挑戦していきたいので、おすすめあれば是非教えてくださいmm

これからも週に一度、世界を広げるための記事を作成していきます!
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どうぞまた次回!

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