Аня

ウズベキスタンに住んでいます。

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マガジン

  • ふりくり

    • 9本

    高校生のとき、生徒が宿題で書いた小説をまとめた一冊の冊子がありました。 今みんなが書く文章はもっと深みが出るはず。 そんな思いから高校の同窓生からなるマガジンを作ることにしました。

最近の記事

週刊四方山話(ムスリム/ピンク色)

8年ほど前からtwitterに日記を書いている。飽き性なので毎日書くことはできていないけれども(この2年くらいは各季節1回くらいしか書いていない)何となく書き残した方がいいなあと思うことを綴っている。そして非常に限られた知り合いにだけ公開している。別に日記だから一人こっそりやってもいいのだけれど、もしふいに死んでしまったりしたときに自分の感じていたことを誰にも知られていないのは少し寂しいなと思ったのでそういう形をとっている。(なんか文字にしたらやばい発想。見せつけているお友達

    • 【2022.02】ウクライナとロシアのこと

      noteは薄れゆく海外生活・海外旅行のことを記録するためだけに始めたけれど(しかも超亀さんスピード笑)、どうしてもいまの気持ちの吐出しがしたくなりました。わたしはロシアにはそこそこ長く住んでいたわりに政治経済はからっきし、歴史も常識レベルでしかわかりません。ロシア語も10年関わっていると胸を張れないくらいいつもまだまだだなと意気消沈してしまいます。それからまた別の角度から、こういったSNSに何かを書くことで、何らかの誤解が生じてしまい、結果的に戦争やその他諸々に加担するという

      • 【2012-2013冬旅行・後半】二十歳のおひとり様ドイツ旅

        ギリギリセーフでワルシャワ発の夜行バスに飛び乗った次の日、目を覚ますとそこは先進国だった。青い空!白い雲!(これはただロシアが曇天ばかりなだけ)昔テレビや本で繰り返し見て憧れた美しいヨーロッパそのものがそこにはあった。そのときの感動は忘れがたいもので、その後幾度も海外旅行に出て、ドイツよりもマイナーな場所にもたくさん行ってきたけれど、あの時ほどの気持ちを悲しいけれど感じられなくなっている。あの頃の旅は一回一回が濃厚で、心が躍るなんてもんではなく心がブレイクダンスしていた。大人

        • 【2012-13冬旅行・前半】突撃!となりのバルト三国/走馬灯のポーランド

          大学生であればだれでも一度はバックパッカーに憧れる時期があるのではなかろうか。それが外大生であれば殊更。例に漏れず、ワタシもいつかは大きなリュックだけで世界旅行がしたーい!かっこいいから!と思っていた。 そのチャンスがやってきたのは2012年冬。同じ寮に住んでいる先輩二人が冬休みに旅行に行かないか?と誘ってくれて、二つ返事で行くことにした。こうして、ワタシの(留学を除く)初の海外旅行が決定したのである。 今確認したら、出発前夜の2012年12月22日のfacebookには

        週刊四方山話(ムスリム/ピンク色)

        • 【2022.02】ウクライナとロシアのこと

        • 【2012-2013冬旅行・後半】二十歳のおひとり様ドイツ旅

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        記事

          【第一回ロシア留学(3)】 キッチン戦争

          その日は突然訪れた。 モスクワでワタシが勉強していた学校はモスクワ大学の附属の語学学校で、通称ツモーと呼ばれていた。ツモーは日本人学生だけでなく中国や韓国、ヨーロッパや北朝鮮からの留学生もいる多国籍な空間で、授業は週3のロシア語と週2の選択式セミナー(これもロシア語で行われていた)、要するに平日はロシア語漬けなのでした。二十歳女、ロシア語の授業が嫌で留学に逃げてきたけれど、結局ロシア語から逃げられず(当たり前)。ツモーにはAクラスとBクラスがあり、さらにその中でレベル順に数

          【第一回ロシア留学(3)】 キッチン戦争

          第一回ロシア留学(2)罪なき者だけが人参を投げなさい

          「刑務所」ことダス学生寮に入り数日。エレベーターが落下し(!)使えないため、ワタシとルームメイトのあきちゃんは6階の端っこにある部屋までせっせこせっせこと階段を使い生活を始めた。当時は泣く子も黙るピチピチの二十歳だったのでそんなに苦じゃなかったけど、今考えるとそれだけで留学を辞めたくなるレベルの拷問ですな。 留学生の1日は単純だ。といってもワタシは10年前のモスクワでの留学経験しかないので、ほかの国・都市や現在のロシアでは全然違うかもしれないけれど、当時のモスクワではほとん

          第一回ロシア留学(2)罪なき者だけが人参を投げなさい

          第一回ロシア留学(1)ダシとダスとワタシ

          2012年8月29日。この日わたしは生まれて初めて国際線に乗った。「外国に行きたいから」と軽い気持ちで決めた某外大で、「倍率が低そうだから」というセコイ理由でロシア語を選択し、この時点で1年半が経っていた。ロシア語をやっています、と言うと大体の人に「難しいらしいね?」と聞かれる。全くもってその通り。まじで難しすぎて、海外は単純に興味があるだけで英語すら得意でないワタシには暗号にしか思えておりませんでした。日々の予習復習に苦しみ、発音が違うとネイティブに怒られ、進級できるかに胃

          第一回ロシア留学(1)ダシとダスとワタシ